このごろ、ふと思うことがある。
ぼくは、
「死ね!」という言葉に強く反応する。
人がそれを自分に向かって言った時、
ぼくは激怒する。
人はみな死ぬ時がくる。
それまで、だれもがみな精一杯、
生きなければならない。
そう思っている。
「死」は精一杯生きた末に、
訪れるものだ。
「自死」は許されない。
「死ぬのは卑怯なことだ!」
この頃強くそう思う。
このごろ、ふと思うことがある。
ぼくは、
「死ね!」という言葉に強く反応する。
人がそれを自分に向かって言った時、
ぼくは激怒する。
人はみな死ぬ時がくる。
それまで、だれもがみな精一杯、
生きなければならない。
そう思っている。
「死」は精一杯生きた末に、
訪れるものだ。
「自死」は許されない。
「死ぬのは卑怯なことだ!」
この頃強くそう思う。

ぼんやりしていたら、あっという間に7月になった。
7月1日、富士山の五合目より上の登山が解禁された。山梨県の吉田口からは、入場料1000円、人数制限などがあるが、事故を防ぐため、また自然を守るため仕方ないと言われている。
7月2日、この日は今年366日あるうちの後半のスタート、184日目だ。
7月3日、この日は新札が発行される。一万円札は渋沢栄一、五千円札は津田梅子、千円札は北里柴三郎に変わる。
7月7日は東京都知事選挙が行われる。56人が立候補しているらしいが、当選を目指しているのではない立候補者も大勢いるようだ。
7月、先月末からもう梅雨入りしているが、日中の気温はすでに30度前後で梅雨明け以後、いったいどれほど厳しい夏になるのか考えたら、気が遠くなりそうだ。
知らない人が亡くなっても、
わたしにとってはそれほど悲しくない。
世界中の人の死を悲しんでいたら、
わたしは一日中涙を流し続けなければならない。
だからといって、人の死に無関心でいたら、
世界中の人が知らない人の死に無関心でいたら、
世界は、どうなるのだろうか。
想像しがたいことだが、
いいことはないだろう。
ゲーム中毒になり、
本来すべきことを忘れるのは子供だ。
だが、将来、大人も子どもみんなが、
ゲーム中毒になってしまったら、
きっと平和になるだろう。
人は現実世界の欲望も忘れて、
ゲームの中で、
いつまでも遊び続けるだろう。
7月7日、東京都知事選挙がある。56人以上が立候補しているという。
昨日、立候補者たちがテレビで何か言っていた。どいつもこいつも聞くに耐えない馬鹿なやつらだ。
こんなのが大都市東京の都知事になったら、大変だと思われる連中が立候補している。
ひどいと想うと同時に、これが民主主義だ。独裁者の国ではあり得ないことだ。
調子のいいとき、
悩むべきだ。
調子の悪いとき、
考えるべきだ。
大事なことは、
調子のいいとき、
油断しないこと。
調子の悪いとき、
落胆しないことだ。
要するに、
人生は塞翁が馬だ。