夢語る:マンドリンオーケストラの経営者

Dream big.

 

最近就活ムードで、自分の将来を想像したりする。
そして昨日、エルマノの演奏会の帰りに大澤氏と話したら思った。
マンドリンオーケストラの経営者になろうかなと思い始めた。
志望より夢の段階だけどなぁ。
九大の農学部の卒業生の自分ではなく、九大マンドリンクラブの卒業生の自分の夢。

なんで、ということから始めると:

  1. マンドリン音楽だけで生きていけるようにしたい
  2. マンドリン音楽の潜んでる可能性を発揮させたい
  3. マンドリンの音楽の感動感を多くの人々に伝えたい

まぁ、アベノミクスじゃないけど、1→2→3のサイクルが上手くいけば、マンドリン音楽の世界の活性化につながると考えられる。

もともと、自分は、今のマンドリン世界の音楽は、まだまだ本当の力を発揮してないと思ってる。
バイオリンやチェロと違って、マンドリン族の「マエストロ」がいないから。
コロンバスの卵のように、まず誰か挑戦の道に進んで、「できるんだよ!」と示さないと誰もできない。
マエストロはそんな存在かな?
無理と思ってからこそ人間はできないんだ。
マエストロの存在によって、「いやいや、実はこんな美しい音はでるよ、この楽器。これだけ可能性があるよ」と示してから、
次の挑戦者が現れて、その楽器の世界が活性化され、技術が進歩する。
これが2番。

じゃあこの2番を実現化するためにはやはりマエストロの奏者が現れないといけない。
なんでマンドリンはこんなマエストロ的な存在が現れないのか。
やはり、マンドリンだけでは、おそらく食っていけないから。
もちろん、コンクールの1位になってマンドリンの教師になってリサイタルとか開いてなどの方もいらっしゃいます。
ただ私が想像しているのが、N饗みたいな存在。
プロのマンドリンオーケストラ。
これがあれば、技術だけで食える。
仕事は技術を磨いて、より良い音楽を作る。
これがないから、今は多くのマンドリン愛好者は、たんなる趣味程度でやってる。
本業もあって、投資できる時間が全然違うから、どうしても画期的な技術進歩は得られない。
よって、いつまでたってもマンドリン音楽の本当の力は発揮できない。

じゃあ、サイクルが上手くいけばどうなる?
たとえばプロのマンドリンオーケストラのビジネスモデルが成功すれば、
マンドリン音楽の進歩に全力注げる人間は、きっと集まれる。
マンドリンの限界を次々と破って、マンドリン音楽が進歩する。
より多くの人を感動させる。
より多くの人がマンドリンの道に進みたくなる。
そしてサイクルは戻って、より良い音楽が生まれる。

結局僕は、マンドリン音楽の極みを聴きたいだけ。
できればその団体に参加したい。
ただ今のままだと、極みを知らないままに、終わってしまいそうなんで。
どうか夢を実現させたいね。

今夢とのギャップとしては、どうすればプロのマンドリンオーケストラが成立できる?
上手いビジネスモデルが必要。
今日本に存在する多くの管弦楽団は、演奏収入が半分も満たない。
大半は、何らかの支援金で、経営してる。
こんな状況で、プロのマンドリンオーケストラは、生きていけるのか?
大儲けまではしなくても、少なくとも楽団全員が、サラリーマン並みの安定的な給料を払いたいよね。
実際、アルテさんとかはNPO法人として活動しているらしいけど、後一つの段階を踏んで、
奏者全員が音楽だけに集中できる環境を作られたらなぁ。

まぁ、ばかばかしい夢なんだけど誰も夢を持たなければ何も始まらないからな。
そして極めたマンドリン音楽を、自分の耳で聴きたい。

欲張りすぎる怠け者

春になった。
一応大学院に進学したけど今となって何で進学したのか疑問を感じ始めた。
「もうちょっと考えればよかったなぁ」と。
早く就職したい。
就活すればよかったなぁ。
でもまぁ、部活を続けるのという前提で、就活をやるのは、僕には無理だったかもな。
周りにはそれをやり遂げたすごい人は何人も見たけど。

せっかく院まで行ってるので有効に時間を使いたい。
日本にとりあえず就職を探してみようとは決めた。
その準備も、そしてこの春から色んなことをやりたいなぁと思ってはある。
ただやる気がない。
毎日だらだらしてる。

研究はもちろんやる。
好きだけど、永遠と実験室の人生はいやだ。
もっと世界を広めたい。
でもまぁ、この2年間は微生物と仲良く暮らすつもり。

後は日本語を磨きたい。
もう6年目に入って、成長しつつはあるけど、これで満足したらダメな気がするね。
一応就活にも使えそうな、日本語能力検定を受けるつもり。
その関係でマンフェス出れなくなったけど。
参考書は先週買って、やっぱり分からない文法とか混じってる。
まだまだ満足できるレベルじゃないなぁ。
磨きたい、日本語を。

そして英語。
まぁこれは日本で就職と考えたらまだ後でも磨けるかなと思って。
TOEICの勉強は一応やろう。

音楽。
社会人団体には入った。
明らかに技術が劣化しつつ。
譜読みの能力も全然ダメ。
ヘ音記号も早く速く読めるようになりたい。
色々やりたいけど現役の時みたいに時間は取れなくなるんだろうな。
続けられるのかな。

勉強。
変な授業は取らないつもりけど、最近起業とか興味を持ち始めて、QRECの授業を数科目とる予定。
土曜日午前中2コマの授業とかあったけど、一回目の授業を聞いたらかなり面白かった。
先生の熱意を感じた。
ただ「教育が仕事の義務」ではなく、本当に教えようとする先生。
取る価値ありそうだから、履修しようと思ってる。
またこれで時間食われるけどね。
続けられるのかな。

バイト。
インドネシア語講師としてバイト始めようとしてる。
初めての経験なんだけど、これも上手く時間管理したいね。
続けられるのかな。

学会。
そして論文。
今年一回は出るつもり。
これも心配だけどな。
研究が順調に進んだら全然いいんだけど。
やる気ない。

欲張りすぎる。
でも怠け者。
こんな性格が大変だ。

5年間のチャプター

学位記・農学部賞

5年前のこの日には、何してたんだろう。
きっと、不安を抱えながら、これからの留学の生活を心配してるんだろうな。
神経質だから、間違いなくそうだろう。
経済的に困難な家族ではなかったけど、
日本に留学できるぐらいのお金は持ってなかった。
幸運に恵まれ、何とか国費留学生として、勉学のため日本に飛ばされた。
それは、もう5年前の話しなのか…

当時は、全然日本語できなかった。
日本に来る前に、ひらがなぐらいは勉強しようかなと思ってたけど、
怠け癖で、「あいうえお」覚えて、結局「かきくけこ」のところで諦めた。
残りは日本に着いてからでもいいやろう、と思ってた。

日本語は、1年間、東京外国語大学で学んだ。
ひらがなが「あ」から「こ」までしか読めなかった生徒だったんだけど、
今この文章が書けるのも、
外大の先生方の指導の熱意と愛情の証明にほかならない。
慣れない環境で、一から教えたり、いつも優しく接してくれて、
今思い返したら、本当に感謝の気持ちで胸がいっぱいです。

大学は、京大を目指してた。
ただ、数学の成績が悪く、京大には落ちたけど、
何とか九大に入ることができた。
人生って不思議、どこに道が開くのは分からない。
当時、あの一回の数学試験で、
例えめっちゃいい点数が取れて、京大に入ったら、
今人生の一部となる、マンドリン音楽には、出会えなかったんだろう。
おかげで、音楽を通してたくさんの人との出会いに恵まれ、
楽しく大学生活を過ごせました。
これは、40、50年後にも忘れられない人生の一部となった。

勉強は…
1年生の時は、授業に慣れなくて、
日本語の意味を理解するだけでも精一杯だった。
2年生の時は、大学生活にもなれてきて、
楽器の面でも、曲が弾けるようになって、一番幸せな時期だった。
3年生はめっちゃ大変だった。
午前中は授業・午後は実験、そして部活、その暇なときにはレポート。
正直、途中でモチベーションを失ったときは何度もあって、
「何で俺こんなこと勉強しないといけないんやろう?」
「何でこんなこともやらないといけないんだろう?」
とか思ったことはしばしばあった。
でもお金をもらって、
勉強のために飛ばされたんだから、
ちゃんとやらないと、国の恥じになるよな、と。
その責任感で、何とか卒業要件の単位を全部とりました。

4年生は、研究室に配属された。
もともと、縛りが多いと自分の能力を伸ばせないんだろうと、
厳しいところに入ると部活続けなくなるかもなぁと思って、
自由なところを選んだ。
最後の演奏会に向けて、実験もおろそかになって、
だいぶ先生に甘えたんだけど、
卒論のラストスパートで何とか結果が出て、
無事、発表でき、卒業認定された。
いつも励ましてくれて、好きなことをやらせてくれて、ありがとうございました。
これからの2年間もどうかよろしくお願いします。

今日は、その5年間の人生のチャプターの最後の一枚。
卒業式に行って、部活の仲間と祝って、
学位もちゃんともらって、ついでに農学部賞も、授与されました。
1年間共にやってきた研究室の同学とも、いい時間を過ごしてきた。
最後の一枚としては、全然悪くない。

そんな5年間を過ごしてきた。
誇りをもって、充実した5年間送ってきた。
5年前の自分に手紙を送るなら、
「心配するな!楽しんでやってくれ!」
って書きたい。
例え、明日起きたら、時が戻し、5年前のこの日になったら、
喜んで、もう一回大学の人生をやりたい。

これからのこと。

来年この時期には、自分の就活が始まっちゃうだよね。

3年生のときは授業や実験で必死で、部活も忙しくて、
めんどくさいから就活せず院に行くことにした。
働くには、まだまだ未熟だなと思ったりして、まだ遊びたいという気持ちもあった。
けど、この前帰ったら高校の同級生はみんな働いてるをみて、
なんかおいていかれたなぁ、と思い始めた。
就活すればよかったなと、ちょっと後悔してる。
まぁ、でもあんな状況だったから就活しても中途半端に終わっちゃうかもね、僕だったら。

研究室に入ってから正直3年生の時に比べたら全然余裕。
結構自由なところなんで、自分のペースで実験できる。
3年生の時は授業とか、実験とか、
他人のペースにあわせないといけない部分もあって、
結構ストレスが溜まってた。
何よりもレポートを書くのが嫌だった。
レポートがあればいい精神状態で練習できなかったから。
今だと、自分の意志で自分のやり方で自分のペースでやれるから、
忙しいかもしれないけど、ストレスは溜まらず効率的に進める。

にしても、後2年間こんな生活が続くと思ったら、
なんかもったいないなぁと思って。
テーマもおそらく変わらないしやることも同じだし、
院行ってもあまり新しい勉強ができないかもと、心配してる。
それだったらさっさと働けばよかったなぁと思ったりする。
ただ、まぁ、バタバタせずじっくり考える余裕もあって、
院で就活したら冷静に進路を選べるよねとも思ったりする。

これから何をしたいのかな、僕は。

働く場所について…
昔だったら「家族と近いインドネシアで働きたい!」って言うんだろう。
悪くないよね、インドネシアの料理も食べれるし、生活費も安いし。
でも今はそんなことはもう慣れた。
別に遠くても1年1回会えるんだったらもう十分。
日本に住みたいのもあって、
いろいろ便利だし、楽器も続けるかもしれないしとかも思ったりする。
結論から言えば、あまりこだわりはないよね、働く場所に関して。
せっかく日本に来てたし、日本で働いても全然困らないと思うし、
インドネシアで働いても全然かまわない。

やりたい仕事はね。
なんか悩む。

僕、こう見えても結構アンビシャスなんだよね。
上に上がりたい。
まあ、それよりも、上が馬鹿だったらその人の下に働きたくない。
上がいい人だったら、尊敬できる人であれば、ずっとその人の下にあってもかまわない。
そして、社会に大きな影響のある仕事をしたい。

自分の適性を考えれば、
研究者になるのが一番かもね。
実験、別に嫌いわけじゃないし、
頭もそんなに悪くないと信じてるし、
なんか見つかったら社会にも大きな貢献ができるし。

ただインドネシアではアカデミックな仕事ってそんなに良くない。
日本でも、外人だったら難しいだろうね、教授になるとか。
企業に行っても、能力が同じだったら、外国人研究者よりももちろん日本人を取るんだろうね。
外国人だったら5年後帰国するかもしれないし、大事な技術も取られちゃうかもしれないし。
日本人だったら30年後も会社のために忠実に働くんだろう、とか企業の方は思うんだろうね。

じゃあ、研究職じゃなかったら何?と思い始めた。

僕、権力のある人になりたい。
権力のある人と思えば、政治家。
今は、インドネシアの政治家を見て、
なんで自分の国がこんな馬鹿な人が上に上がれるんだろうと思ってイライラするんだよね。
こんな人たちだったら、むしろ自分がやればいい。
自分だったらもっといい国を作れると思ったりする。
にしてもコネも政権もなんでもないから。
それだったら影響のあるビジネスマンになろうと今思ったりする。
起業家になろとか。
めっちゃお金持ちになって、でかい会社を作って、そしてそれで得られる権力で、
社会を変えると。

でもお起業できるほど金がない。
経営の知識もない。
まずお金と知識を集めようと思う。
それだったら、外資系の商社・コンサルティングとかだな。
グロバルだし、自分の語学力も活かせるんだろう。
ただ全然そこらへんの知識がない。
そして商社だと、コミュニケーション能力とか、
自分にはそれが足りてないかも。
学歴もな。
目指すんだったら今から自分を磨かないと。

そんな風に、いろいろ検討してる。
いろんなシナリオを考えてる。
後1年間にはこれからの人生の進路を選ばないといけないけど、まだまだ悩み中。
まあ、でも結局仕事があれば、飯が食えるんだったら、何でもやるけどね。

弾き初め

弾き初め終わった。
弾き初めなんだけど同級生と一緒に弾けるのはこれが最後かもしれないね。
今までは演奏会や発表会とかいつも臨めるイベントがあるんだけど、
もうそれもなくなると思ったら、なんか寂しいな。
これで完全にOB1になっちゃったね。

今日はマンドリン弾きました。
もう二度とマンドリンのハイポジの速弾きはやりたくない。
もともと速弾きは苦手なんだけど、
嫌いわけじゃないよね。
何だろう、楽しい。
弾けたら、という話なんだけどね。

ドラからマンドリンにいけば簡単や!と思って正直なめてたけど、
実際フレットの感覚が違うから、
特にハイポジになるとフレットを押さえてしまって音がつぶれてしまうよね。
まあ、今日の演奏はそれ以前の問題はあるけど。
メインの曲で弾けなさ過ぎてアンコールめっちゃ緊張してて、
一拍ずれたのは僕のせいです、はい、ごめんなさい。
タケールがめっちゃこっち見てて合わせようとしててめっちゃ焦った(笑)

暗譜能力がなくて普段でも楽譜みながら主旋を聞いて合奏してたけど、
自分より上がなくて、自分が主旋だ!っていう感覚が不自然だった。
今までどれぐらい上に頼ってて弾いてきたのが、実感しました。

ダブルアンコールは指揮をやらしてもらった。
頭にある音楽を、思った通り振って表現させるって難しいなぁ。
しかも疲れる。
しかも走者につられる。
しかも振り始めたら走者が笑ってた。
でも楽しかった。
大変な仕事だけどうまくいくときの喜びは大きいよね。
何もいわずに、やってほしいことが通じて、いい音楽ができたっていう喜び。
もうやる機会はないけど、音楽聴きながら指揮者のふりをするぐらいはできる。
これでも十分楽しいと思うけど。

デゥオもやった。
これが一番上手くいった気がする。
まあ、練習でできなかったところはもちろん本番でもミスるけど、
流れを止まらずに最後までいけたのはよかった。
なんかOB1らしくなく、一年生の発表会の反省みたいだねw
でも走者にとってそれがとても大事だと思う。
音楽の流れを作る。

あとはクロノのメドレー。
実はクロノやったことないけど、一応ゲーマーです。
ゲームとかアニメの音楽はやっぱかっこいい。
クラシックやってる人にとって、若干リズムがややこしかったけど、これも楽しかった。
もうちょっと全員で合わせる機会があったらよかったけどね。

しばらく臨めるものがなくなってしまったけどな。
福岡に戻ったらまだちゃんと8時間の睡眠をとってないので
明日研究室に戻る前にはしっかりとりたい。
睡眠取れるのはいいけど、
練習しないとどんどん劣化するよね。
帰って2週間練習しないぐらいでも、ぜんぜん感覚が違う。
昔やってみたかったソロ曲の楽譜とか探そうかな。

悔いの物語。

気持ちを整理して定演の出来事を露出しちゃいます。

実は、ルイブラスのクライマックス、ドラパートが音階で上がるところで、
興奮しすぎてポジション移動するとき指がずれてしまって最後の最高音が弾けなかった。
あの時はものすごいショックを受けた。
速弾きでもなく、難しい指取りのところでもなく、ただ二分音符の音階でミスしてしまった。
たったの一音なんだけど、ドラパートの一番おいしいところなんです。
ドラパートの一番おいしいところでミスをしてしまった僕は本当に許せなかった、正直。
定演で色んなところでミスしてしまったけど、これだけは本当に許せなかった。

心を切り替える間もなくすぐ次の曲が始まった。
最後の定演のメインの最後の曲です。
自分が出した選曲です。
ずっとルイブラスのミスで悔しくて悔しくて、正常の気持ちで神の御心を弾けなかった。
しかも調弦が狂ってイライラしながら弾いてしまった。
自分のミスで心が乱れてしまって、パートを引っ張れないマスターで本当に情けない。
定演の直前に、パート員に最後のメッセージとして「ミスを恐れずに楽しくやって」って言ったくせに、最後の最後の曲で心が乱れてしまった。
情けないのに、やってはいけないんだとは分かってるのに、それでも感じてしまって、悔しさが止められなかった。
そんなミスで悔しがってる自分には悔しかった。
色んなことを考えてしまって曲に集中できなかった。

そんなときに、後ろからはいつものドラパートの音が聴こえてきた。
ホールに行ったら、正直自分の音しか聴こえてなかった。
っていうか自分の音に集中しすぎて聴かないことにしただけかも。
情けないマスターだよね。
そのときに、いつも以上にドラパートの音が聴こえてきた。
今までは、一番聴こえた瞬間かも。
「パート員が全力で頑張ってるのに何やってるんだ」って思ってた。
引っ張るべき存在であるのに、本当にそのときは、パート員の勢いで、押していかれた。
同学も後輩たちも、こんなマスターなのに一回も文句言わず最後まで付いて来てくれて、
いつも全力で支えてくれて本当に感謝してます。
最後のGrandiosoは、心をこめて弾けたのは、皆さんのおかげです。
最後の春の賛歌、全力で弾けたのは、皆さんのおかげです。
定演の一番最後まで励ましてくれてありがとう。

にしても、幕が下りた瞬間では、あの悔いはまだ残ってた。
っていうか色んな気持ちが混じってて分からなかった。
ただ疲れた。
終わっちゃった。

泣いてた人もいるけど、自分は悔いが残ってるままに泣けなかった。
最後の最後の定演で、自分のミスで悔しがってる自分は嫌だった。
けど、情けないのであまり見せようとはしてなかった。
もちろん悔いだけではなく色んな気持ちはあったけど、悔いだけは周りに見せずに、
感謝の気持ちだけはちゃんと相手に伝わらないといけないと思って、
レセプションに迎えた。
自分の悔いは自分で向き合うことにしてた。

レセプションが終わって、2次会行って、3次会はカラオケで朝までやってた。
っていかそういうテンションじゃなかったのでほとんど寝てしまった。
せっかく盛り上げてくれた佐々木先輩のノリについていけなくて申し訳なかった。
また元気なときにリベンジしたいです。

その後は家帰ってちょっと寝て、午後からにアンケートを読みに行った。
途中まで読んで、ドラの先輩からのアンケートを見つけた。
「今のドラパートの一員になりたい」
って書いてくれた。

そのときは止まらなく泣いてしまった。
こんな情けないマスターなのに。
パート員になりたいなんて。
最高のほめ言葉。
一人で泣いてる途中に小森さんが入ってて恥ずかしかったけど(笑)
あの時は、自分の悔いも結局いい思い出になった。
クラブに入って楽しいこともあって苦労するところもあって、
でも全部はいい思い出として自分の中では残ってる。
そこで心が悔いから開放された。
先輩も後輩も同学も、こんなすばらしい人たちとの出会いに恵まれたのは贅沢です。
本当にこのクラブ入ってよかった。
本当に今までありがとうございました。
可能だったらもう一回一年生からやり直したい。
もっと時間を大切にして、もっとクラブ員と楽しい思い出を作りたかった。
少なくともあのルイブラスのところだけはやり直させてほしい。
でもやり直せないことはあるから、それがいい物語になるよね。
やり直せるんだったら全部同じ筋になるから。
本当に4年間楽しかったです。
これで4年間の幕を閉じることができた。

どうも、OB1のヒンドラです。

間違いは練習しない。

いつの間にか自分も4年生になって、部活もあと一ヶ月ちょっとしか残らなくて…
4年間音楽をやってきて、最後には演奏者としてなんかいいこと残したいという気持ちがあって、
今日は練習方法について考えてみたいと思います。

まあ、これやれば絶対上手くなるとかも言えないし、
そもそも自分も忠実にこの方法で練習してきたわけでもないし、
できた奏者としても欠点だらけの自分なんで、
なんか役に立つことが見つかるかなとか、軽い気持ちで読んでください。

奏者としての目的は、いい音楽を作ること。
いきなり演奏会で何の準備もせずにもちろんそんなことはできないですよね。
いい音楽を作るためには何よりも習練が大事です。
ある名言によると、「アマチュアは、弾けるまで練習する。プロは、ミスできないまで練習する。」
練習しなくていきなり上手くなることはまずない。

じゃあ、初めて次の定演の楽譜をもらった時、まず何から始めるのか?
「わ~い、今日全部弾いてやる!」という熱心の気持ちはいいと思うけど、
自分の経験からだと、それは効率悪い練習に繋がりやすいよね。
曲について何も分からずに、「とりあえず弾いてみよう!」っていう気持ちで練習しはじめたらもうアウトです。
しかもいきなり本番テンポ。
「わ~い楽しい!」とかね。
本番テンポはこれぐらいになるから、
「なんで遅いテンポでやらないといかんの?」とか思ったことはあったけどね、自分も。

一週間たった。
「まだ全然弾けないけど、とりあえず今日もちょっとずつ冒頭から通してみようかな!」とかね。
「指取りは全然決まってないけど、まあとりあえず何回も何回も練習すれば上手くなるよね!」とか。
「でもやっぱりここは難しいよね、何回弾いても結局上手くいかない…」とか。
ストレスが溜まって、「とりあえず今日はここまでしておこうか!まだ十分時間あるし!」とか。

定演では。
「一週間前に指取り変えたから、本番上手くいかなかった…」とか。
「めっちゃ難しいところはめっちゃ練習してたから上手くいったけど、何もないところでミスしてしまった!」とか。
「練習で何回やっても弾けなかった。本番もやっぱりダメだった…」とか。
「もうちょっと練習すればよかったな」とか。
「もうちょっと時間があればな」とか。

じゃあ、どうすれば効率よく練習できるのか。

4年間やってきてやっと分かったのは、
まず、「間違いは練習しない」とのこと。
曲練の時、ちょっとやってみて、間違ったら・はいストップ・ちょっと前に戻って・はいもう一回。
これ5回繰り返してやっと1回成功して・はい次行きます、とかね。
結局、間違ったところ5回練習してきて、正しいのは1回しか練習してない。
本番上手くいかなくても当然だろうね。
時間が限られているので、とにかく間違ったことを練習するのは時間の無駄使いだね。
本番では、85%の練習時間間違ったことの練習に使ったのに、緊張しているところに頑張って15%の成功する所を引っ張り出すよね。
こう考えたら、本番で成功したら逆にすごいよね。

じゃあ、どうすればミスなしで練習できるのか。

  1. 全部をやろうとしない。
    音楽の一ヶ所に集中することだよね。それだけ練習する。メロディーの弾き方を練習したいなら、どれぐらいのテンポでやっても関係ない。まずは遅いところから初めて、メロディーを覚えていく。結局、自分の頭はメロディーに集中しているので、音量とか、表現とか、テンポとかは、意識しない。意識しないのだったら、それらの間違いは、頭のプログラムに入ってないはず。逆に、今度はリズムに集中しようと思ったら、メロディーが間違っても、問題ない。音色を直したいなら、リズムは無視していい。まず一つのことだけ集中して、それだけを脳に覚えさせる。音を覚えていきたいなら、本番テンポではやらなくていいので。逆に間違いだらけの演奏になって、間違った音が脳に入ってしまう。
    これは、特に新しい曲をやる時の初段階に重要ですね。
  2. 学ぶ、そして練習する。
    結局楽器は、道具です。頭にある音楽を表現する道具。頭に音楽がないと、何も出てこない。まずは音源を聴く。そして楽譜を読む。何回も読みながら聴いた方がいいよね。複数の音源があると更に良い。比べて、そして自分だったらこう弾きたいなとか、この段階で考え始めるといいですね。頭に音楽が入っていれば、練習するときも、正しい音が頭にあるので、間違いは起こりにくいはず。
  3. 練習したくないときは無理しない。
    ちょっと矛盾すると思うけど、人間の体は肉からできている。機械ではない。休憩は大事。1日8時間の睡眠は必要。練習しすぎるのも逆効果だから。逆にストレスが溜まってて、間違いだらけの演奏になって、結局そういう演奏しかできなくなる。但し、休憩をとることと、練習をサボるのは全然違うこと。
  4. 遅いテンポで練習する。
    「こんな遅いテンポで弾けなかったら、速くしても弾けるわけないだろう」と、自分が2年生の時に当時のマスターさんに言われたことがあった。ある有名なベース奏者が「なんでそんな完璧に弾けるの?」って聞かれたら、「ゆっくりで」って答えた。遅いテンポでやる目的は、音と音の間の「ゴミ」を減らすことです。遅いテンポでレガートで弾けないと速くしても結局バタバタした演奏にしか聴こえない。まずは遅いテンポでその雑音を減らすのが、いい音楽への鍵だと思う。しかも、遅いテンポでは、普段はできないことも、意識できる。構え、音質、ブレズとか、筋肉の緊張感とか、次の音への体の動きとか、その音自体の響きとか、そして音が変わることによって生じる雰囲気など、いろいろ感じ取ると思う。次回の練習では、メトロの数字を上げるよりも、数字を下げてみたら面白いかもしれない。無理矢理やっても結局失敗して、ストレスになって、自信がなくなって、悪影響ばっかり出るので、適切なテンポで練習することがとても重要です。
  5. 歌う。
    表現は歌うこと。弾いてる時に、「もっとうたって!」とか言われたりするよね。別に口で歌わなくてもいい。ただ、自分の中でそのいい音楽が存在しないと、楽器で表現できない。頭の中のその綺麗な声で歌ってみてください。そして、その綺麗な音楽を楽器に伝えて表現してください。

それですかね。
もちろん、これは練習の質を高める方法であって、
結局量が足りないと話にならないので。
量と質、そしてバランスを考えながら練習すると、
音楽もいっそう楽しめると思います。

一年生の秋合宿の思い出

さっきFacebookで、QMCの一年生が秋合宿の出来事とか語ってて、
思い出したな、自分の1年生の秋合宿の思い出。

当時は夏休み中に国に帰って、夏合宿参加せずにいきなり秋合宿で、
初めて学年合奏の存在を知ってかなりビビった。
当然、全然弾けなかった。
悔しかった、あの時は。

帰国のため、合奏もほとんど参加しなくて、いきなり秋合宿のハードなスケジュールで合奏がどんどん来て。
当時は合宿本当にきつかったなっていう印象だった。
合奏と言ってもほとんど聴いてるだけで、
途中で疲れてて構えを緩めたら、
隣で座った四年生の先輩に怒られて、
「弾けなくても、指揮者が振りはじめたらちゃんと楽器を構えて!」
未だに覚えてる。

他の一年生はもちろん自分より弾けてるので、
全然何も弾けてない自分には悔しくて悔しくて、
今考えたら始めの合宿は一番大変だった。

合宿参加するより家で音取りした方がよかったとか、当時は思ってた。
でもあの時合宿に行けなかったら、
今音楽を楽しんでる自分もいないかもしれない。
やっぱあの合宿の悔しさを原動力として、練習は頑張れたのかな。
自分のプライドっていうか、何も弾けてない自分は本当に許せなかった。

かなりブラックな時期だったけど、
それを乗り越えられた直後は一番成長する時期だと思う。
台風の後は晴れるみたいな感じなのかな。

Religious Masochism

 

Habis baca berita jadul. Dari tahun 2007, pas jaman Pilkada juga. Dulu si Kumis yang ketempa isu SARA. Katanya gara2 dia lulusan Kanisius jadi dekat dengan Vatikan dan kalo jadi gubernur nanti tujuannya melemahkan Islam. Dulu sih pas dituduh gitu dia katanya marah-marah, tapi sekarang pas hal yang sama terjadi sama saingannya, kayanya seneng-seneng aja ya.

Yang disayangkan adalah keberadaan kelompok-kelompok yang enggak bosan-bosannya meniupkan isu-isu seperti ini. Entah kenapa ya, mungkin mereka merasa semua dunia menentang agamanya. Seluruh dunia berkonspirasi untuk melemahkan Islam. Selalu agamakuw yang tertindaz, selalu agamakuw yang digangguin hiks. Gila kali ya mereka.

Gua rasa mau siapa yang jadi cagubnya juga, dicari-cari nih hubungannya. Kalo di tetangganya ada gereja, dibilang dia Kristen fanatik yang tinggal di lingkungan Nasrani. Kalo dulu mobilnya beli dari orang Kristen, katanya dia turut menyumbang ke organisasi berbasis agama yang ingin merusak syariah Islam. Kalo dia pelihara anjing yang diimpor dari negara non-muslim, mungkin dibilang dia punya anak buah yang siap menyebarkan agama orang kafir dan melenyapkan Al-Quran dari mesjid.

Hobi kali ya. Mungkin berasanya kudu tertindas terus, terus berperang melawan kebejatan duniawi, biar amal pahalanya besar kelak di surga sana. Yang kasian adalah orang-orang yang menjalankan ajaran agamanya dengan baik dan benar. Nama agamanya jadi jelek kan. Bikin malu aja. Ujung-ujungnya yang sok-sok tertindas itu ya gak pernah jera, gak pernah kena akibatnya. Selalu yang baik-baik yang akan kena getahnya. Ah, emosi.