おすすめ

元夫(戸籍は抜いていない)

時代は変わる🐤

私は2019年の後半から2020年にかけて、元夫に愛想が尽きた。それは、彼が発達障害だという事が判明した時期であり、また、私がこれ以上彼の我儘についていけなくなった時のこと。私は元夫に対して、”別れてくれ”と言った。
だが、結局、戸籍はそのままで、でも私の中では彼はもう夫ではない。彼は私の大切な友達となったのである。ちなみに元夫は、彼が夫である時にさんざん私に対して我儘な言動をしてくれた。彼はお金が貯まると、彼の行きたい場所へと私を旅行に連れて行ってくれた。だが、そもそも私が旅行へ行きたいと言ったわけではないので、旅行を楽しむのは専ら彼の方なのである。また、彼は自営業を営んでいたので、その自営業で稼いだ金は全部、彼が自由に使っていた。私は結婚してから彼が自営業をしている間は、自分の自由にできるお金をほとんど持ったことがなかった…
彼は2019年後半から自営業を畳み、ビル清掃会社に勤めるようになった。彼はやっと私にお小遣いを与えるようになった…私は自由に使えるお金ができたことで、自由の味を知ったのである。
だが、残念(幸い)なことに、元夫はもう完全に私の”生活”の中に馴染んで欠かすことのできない存在となっていたのである。私は彼から離れて自由になろうとしたが、今度はその自由が私と彼を”友人”として深く結びつけたのであった…
自由、それは大切なこと。私はその自由を得ようとして元夫と別れようとした。だが、その”自由”が今度は私と元夫を友情で引き寄せた。思えば昔、元夫は私に対して、”妻、恋人”というスタンスより、むしろ”友人”としての欲求で私と接していたのではないか。彼は友達を大切にする人間だった。彼はまるで少年のような男。彼が欲しかったのは、結局”妻という名ばかりの、実質的な友人”だったのではないだろうか…

おすすめ

優秀妄想、それは病

あれもこれも、人生において全部欲しいと思っているのなら…🐤

あなたがもし、自分は生まれつき優秀で、例え人生において様々な苦難があったとしても、それを自力で乗り越えてきた極めて立派な人間だと考えているなら、あなたは嫉妬深い傾向がある。
何故、こんなことを言うのかというと、自分が大したことはない平凡な人間だと考える人というのは、大抵、自分を他人と比較して優越感に浸ったり、あるいは劣等感に苛まれて落ち込んだりするという事が少ないからだ。人生にがつがつして、他人より評価や名誉をより多く受けたいと考える人というのは、自分の能力にある程度自信があり、成功体験をよく覚えていて、例え自分の世間的評価がさほど高くなくても、”自分を高く買っている”傾向がある。
そして、こんな人がよく陥りがちな状態というのが、”自分より優秀に見える人の足を引っ張る”という悪い癖なのである。
そもそも、自分が大したことがないと認識していれば、余計な嫉妬心が出るということも少ないだろう。何故なら、そういう人は大抵、謙虚な人だからだ。謙虚な人は敢えて他人の足を引っ張るような真似はしない。自分に多くを求めず、自分の持ち物に満足して生きている人が嫉妬に狂うようなことはないのだ。
人間というものは、自分自身に対して”過大な評価”をしてしまうことがある。あなたが例え、どんなに優れた実績を持っていても、世界基準からしてみれば、それは大したことがない場合が多い。あなたが自分自身を”謙虚”という美徳で律しない場合、あなたは、本当はあなたは大したことがないのに、自分を”極めて優秀だ”と考える酷い傲慢な性格になるかもしれないのだ。傲慢だからこそ、他人と自分を比較して嫉妬や羨望に苛まれることになる。
あなたが自分自身を知る、このことは、あなたの人生において極めて大切なことでもあるのである…

おすすめ

あなたの中の真実

どんな人であれ、その人を見くびるのは間違いではないのか

我々が生きる上で、我々は世間向きの表の顔を使って、様々な諸事にあたり、そして世間もそれがあなたの実際だと考えて疑うことは無い。世間はあなたのことを、勤勉だが世渡りが上手いとは言えない、ただの脆弱で運が悪くて失敗の多い、いわば大したことのないただの木の切れっ端のような人間だと考えていることだろう。確かに、表面的に見れば、あなたはそんな人に見えるだろう。
だが、そんなあなたの心の中に何があるのかというと、青々とした美しい山岳、清らかな流れが溢れる渓流、生き生きとした色彩を放つ花々の溢れる草原、瑞々しい飛沫をあげて落ちる美しい滝…そしてあなたが信頼を寄せる人々との悲喜交々の思い出の数々、子供の笑顔、お年寄りとの会話、昔の記憶…あなたの中には、宝石のような思い出が沢山詰まっている。それが例え悲しい思い出だったとしても、あなたの過去が清らかな涙を誘うものでなかったなどと誰が言えるのか。思い出は熟成されたワインのようなもの。当時、こんな悔しいことはない、こんな悲しいことはない、と思ったことでも、それが過ぎ去ってしまえば”思い出”となり、あなたの記憶に仕舞い込まれて熟成されていくのだ。
あなたが誰かに、”あなたはとてもくだらない平凡な人で、人生において様々な失敗や不幸に見舞われても不思議ではないだろう”などという風に暗に揶揄されたとしても、あなたはそれを真に受けてはいけない。人間は確かにくだらない生き物だが、人間はただ生きているだけの生き物ではない。あなたが様々な経験や思い出を抱えて、それを例え表面的には何も現さなくとも、それはあなたの中にあなたが生きてきた証拠として刻まれているのである。

おすすめ

ネットで調べればいいのに

自分で努力して答えを探そうとしない人々の群像…

よく、自分が分からないことを、他人に訊くことで答えを引き出そうとする人々というものがある。彼らは至極安易に”誰かに訊けば答えを教えてくれる”と確信し、自分で努力して答えを探そうとしない。また、彼らの手元に資料があるのに、それをよく読んで理解しようとしない。しかも、彼らは他の資料がたまたま手元に無いからといって、それが分からないことだと断ずる(彼らの”手元”にないだけで、資料の置いてある棚を探せば資料は出てくるのに)。彼らはただひたすら、誰かに対して要領を得ない話を捲し立てて、その誰かを困惑させる。その誰かは、彼らの話の意味が分からなすぎる故に、”申し訳ないがこちらでは判断できないし分からない”としか答えられない。そこで彼らはますますいい気になり、自分たちの出した”完全に間違っている判断”を正しいと信じ始める。そこで彼らは、その間違った判断を元にして、様々な人々に実質的な迷惑をかけ始めるのだ…せめて彼らがスマホを持ち、適切な質問でGoogleに問いかけることさえ出来れば、こんな事態は防げた筈なのである…

おすすめ

ごめんなさいと言えば許されると考えている人々

そもそも、ちょっと謝れば済むと考える方がおかしい…

あなたが他人に対して、何らかの意地悪や詐欺や虐めや、あるいは嫉妬による嫌がらせをしたとする。そして、あなたはそのことについて、果たして真に悔い改めをすることができるだろうか。あなたはもしかして、ごく軽く”ああ、ごめん”と言えば済むと思っていないだろうか。あなたはほぼ毎日、他人に対して何らかの陰湿な嫌がらせをし、それをなるべく隠蔽して誤魔化すことにより、罪が世間にあからさまにならないように細工する巧妙な悪人。あなたは、あなたのやった事が世間から責められていないので、自分には罪はないだろうと確信するのである。
だが、あなたの言動は明らかに、他人を害しているのである。あなたの心は凶器をしっかりと握り、月の出ていない夜に誰かの心をノックアウトしようと思っているのである。実際に手で凶器を持って誰かを殴らなくとも、あなたの言葉と隠された陰謀犯罪は確実にターゲットの心や体を傷つける。例えあなたの隠された陰謀犯罪が世間に公表されなくとも、あなたはターゲットの人物をあらゆる意味で傷つけたのである…
そんなあなたが、時折、”悪いことをしたら、もしかしたら神様にちょっと怒られてしまうかも”と思い、”ごめんちゃい”と誰かに心の中で軽く頭を下げても、それは反省にすらなっていない。あなたはただ、悪い事をすると、神様にちょっと怒られちゃうかもしれないから、少し謝ってみせただけだ。あなたは、あなたが傷つけた他人のことを思いやりもしないし同情もしないし、ましてや共感などしない。あなたは、あなたが傷つけた他人の痛みを分かろうともしないくせに、軽く”ああ、ごめん”と言えば済むと考えている。
悔い改めとは、自分の罪を深く深く反省して、本当に自分が悪かったと認めることなのである。あなたが傷つけた他人の心と体の痛みをあなた自身の痛みに置きかえて、深く思い知ることが必要なのだ。
ここまで述べて、分かる人なら分かると思うが、悪人にとって反省や悔い改めはほとんど無理なことなのである。
だが、世の中には、何も悪い事をしていない人々を敢えて指差して、”あいつらは悪人なんだ。ただ善人ヅラしているだけの偽善者だ”と、平気で善人に責任転嫁して平然といつも他人に嫌がらせをしている人々というものがある。そういう人々が善人に対して声高に言うセリフも、”あいつらは反省とか悔い改めとかできない”という謎めいた責任転嫁的な発言なのである。そもそも自分の悪い部分を無視して、敢えて悪くない人々を“悪い”と言うような人々はもちろん、反省や悔い改めなど絶対できない人々なのである。
このように、世の中には”反省しろ”と言われると、反省するどころか、”お前の方が悪人なんだから、お前が反省しろ”と言いだすような、心の捻くれた人々が存在する。神様にちょっと怒られちゃうから、”ごめん”と言ってみせたり、反省しろと言われたら逆に怒りだす人々、こんな人々が沢山居たら、世の中は混乱するばかりなのである…

🐥

🐥

ところで、私は眠れなくなった挙句に落ち込んでブログを続ける気力を無くしたのだが、ぐっすり眠れるようになり、ようやく文章を書くだけの精神的余裕ができた。何を悩んでいたかというと、自分の文章に多少、ウンザリしていたというのが理由。思い直してやり直す気になった…

ブログ更新は相変わらず、3週間に一度か、あるいはもっと遅くなるかだと思います…

おすすめ

鬱、あるいは自業自得

急に何もかも自分のやっている事がくだらなく思えてきた。ブログを見返しても、ちっとも良いと感じない。もともと良いかどうか判断していなくとも、とてもくだらなく思えるのだ。自分の信じてきた何かが一気に瓦解する。そもそも、自分は何でブログを始めたのか、そこに何か邪な思いがなかっただろうかと反省してみた。純粋に何かを発信しようと思ったのか、それとも、それによる何らかの利益を期待したものだったのか。非常に曖昧な意識の中で混乱は続く…

こんな状態で寝不足も続き、適当に上手くやっていた料理も不味いものしか出来上がらなくなったのだ。気力と体力はガタガタになり、立って動くのも苦痛。もうこれ以上、ブログを続ける気力はないのかもしれない。自分の能力を全く信じられなくなる、これが鬱というものなのだろうか…

そもそも大したことをブログで発信していないので、ブログを止めてもそんなに落胆することはないだろう。まだどうなるか分からないが、とても長い間、ブログ更新をお休みするか、あるいは立ち消えになって終わりになるかだと思います。

おすすめ

急に自信が無くなった🐣

毎日、購読しているブログを閲覧し、暇があれば自分のブログを執筆して生活している私。だが、どうも最近、調子が狂ってきた。書き溜めたブログ文章を見直しても、ちっとも良い文章だと思えないのだ。まるで今まで積み重ねてきたものか、全て無駄のように思えてくる。くだらないとは思わないにしろ、いちいちブログとして出すことに何か意味があるのだろうかと疑問。そんな時もあるさ、とは思うのだが、だんだん意気地が無くなってくる自分を発見する。しばらく、私は休むことが必要なのかもしれない。愚痴を言っている暇があったら休む…それで行こうと思う。最近、何かと疲れが溜まりがちで、夕食を作るのも億劫になってきている私。専業主婦なのだから働け、と言われたら何も言い返せない。元気が復活するまで、何かをセーブしようと思う…とりあえず、ブログ更新を遅らせることにします。今までも大して頻繁にブログ更新をしていない私だが、より一層、マイペースを守ることで消耗を少なくしようと考えている…

おすすめ

料理が作れない人は多い(のか?)🐤

ステーキ用牛肉とか、とんかつ用豚肉とか、鶏もも肉のローストを作るための肉とか(それを買わないと料理が作れないと思う人が居る🐣)

例えば1週間分の買い物をするとする。私だったら、野菜として茄子、小松菜、ピーマン、きゅうり、白菜、細ねぎ、じゃがいも、にんじん、きのこ類などを買う。時にはほうれん草、トマト、長芋、買い足し用の玉ねぎなどを買う。そして卵を買い、ハムを買い、鶏むね肉あるいは豚ロース薄切り肉を買う。時には魚の干物やしらすなどを買う。
これらの材料であなたは何を作るのか。
たったこれだけの材料では、何も作れないし、出来ても精々犬の餌ぐらいだろう、とあなたが考えるなら、あなたは料理がまるでできない人間なのだろう。
さて、1週間分のこの材料、どう使うかというと、まず、1日目は、小松菜ときのこと鶏肉の薄切りで塩味の炒め物を作る。一品料理なのは勘弁してもらいたい。だが、私の家庭は元夫と私しか住んでいないので、これで良いのだ。2日目は、じゃがいもと豚肉と玉ねぎで肉じゃがを作る。3日目、ピーマンと卵でだし醤油炒めを作る。4日目、長芋があれば、麦とろ飯を作る。5日目、豚肉あるいは鶏肉の薄切りを使い、白菜とにんじんときのこと玉ねぎで八宝菜風の炒め物を作る。6日目、鶏肉あるいは豚肉を甘辛く煮て、素麺を茹で葱を刻み、素麺つゆと素麺に味付け肉を入れた肉素麺を作る。7日目、茄子ときのこと刻んだ豚肉とあればピーマンを使い、醤油と酢で味付けあるいは麻婆茄子の素を使い炒め物を作る。トマトは後日、傷まないうちにくし切りにして、ケチャップとすりおろし玉ねぎと酢と塩と植物油で作ったトマト用ドレッシングで食べる。ハムはじゃがいもがあれば、きゅうりと玉ねぎとにんじんも入れてポテトサラダにする。休日にハムエッグを作りトーストと一緒にいただく…しらすは、葱を刻み、大根があれば大根おろしを作り、熱々のご飯にしらすと大根おろしと刻み葱とちぎった海苔を乗せて、仕上げに醤油を垂らしてしらす丼にする。使う調味料として、醤油、砂糖、酢、味醂、塩、片栗粉、ケチャップ、ソース、生姜チューブやにんにくチューブ、マヨネーズ、オリーブオイル、ごま油、植物油。
簡単に考えて、これだけの料理があの材料で作れるのだ。料理というものは、高価な材料が無ければ作れないものでは無い。あなたの身近にある、スーパーマーケットで売っている安い食材で作れるものが料理なのである…

おすすめ

あなたは強くない

🐥ミャクミャクのいらっしゃいませは最強かもしれない🐣

あなたが自分を強い人間だと思う時、あなたは自分の中の何を根拠にそう思うのだろうか。
あなたには筋力があるのか、あるいはあなたには財力があるのか、はたまたあなたは権力を持っているのか、またはあなたには優れた智慧があるのか…またある人は、自分に他人にはない超能力があるという事を根拠に”自分は強い”と考える。
だが、あなたの真の姿、それは、あなたが“他の人や環境や国や世界や自然に支えられなければ、1秒ですら生き延びることができない弱い生き物”だということなのである。あなたは自分が心を強く持ちさえすれば、どんなことも可能だと考えるかもしれない。だが、あなたは、例えば神が世界から酸素を無くすと決めた時から生きてはいられない。また、隕石が地球に衝突して気候変動が起こり、氷河期が訪れたら、人間は多分、絶滅する可能性がある。たかが星屑がたまたま地球に当たっただけで人類は滅びるのである。身近な例で言うと、あなたは失職しただけで下手をすれば死に直面する可能性すらあるのだ。あなたが今日、無事に生きていられるのは、他の人々が各々働いて生きてくれているお陰であり、また、国が法治国家であるお陰であり、さらに世界が平和を維持するために働いてくれているお陰であり、そして自然があなたに恩恵をもたらしてくれているお陰なのである。あなたはたった1人では何もできない。あなたは呼吸をするのでさえ、神に酸素を与えられなければ全く不可能なのである…

おすすめ

豊かさの仕組み

あいつが失脚すれば自分が昇進するなんてことは無い(実力も無いのに無理やろ🐤)

あなたが例えば、1つのホールケーキを4人で分けるために切り分けるとする。そうすると、あなたは、人数が自分を含めて4人だから、4分の1ずつ各々に切り分けて渡すことになる。その時、あなたの友人でその場に居なかった人が飛び入りで4人来たとする。すると結果的に、ケーキは8分の1ずつ各々に切り分けて渡すことになる。あなたはそれを損だと思うのだろうか。だが、あなたがそのケーキを8分の1ずつに切り分けなければ、あなたの友人全員がケーキを食べることはできない。あなたは自分のケーキが少なくなって、悔しい思いをするかもしれない。だが、あなたは友人を大切にしなければ、この世の中を上手く泳いで生きることが不可能だと知っているのだ…
ここで、あなたが一見損をしたように見える事態、それが視点を変えるだけで、あなたが全く損をしていない事実に気づくだろう。まず、あなたは友人が多くて、その誰とも仲良くやっているのである。また、ケーキが小さいか少ないのなら、再び友人が集まる時に大きなケーキを買うか、あるいは2個ケーキを買うかすれば良いことが分かるだろう。また、あなたがケーキを多く買うことで、あなたの住んでいる世の中の経済は潤滑に回るのである。あなたがケーキを友人全員と仲良く分けて食べるという事は、結局、全くあなたの損にはならないのである。誰かの持ち物が減れば自分の持ち物が増えると考えている人は、経済の仕組みを知らない。皆が豊かになれば、自然と自分も豊かになる、それが経済の仕組みなのである…

おすすめ

マッチポンプ医療事務

何故、事あるごとに威嚇を発する人々が存在するのか🐤

あなたは病院の予約を午後12時20分に先生と約束し、時間通りに診察室へ行く。
すると、先生はあなたとの次回の診察の予約を12時10分にしたいとあなたに言う。あなたは病院の直通バスの到着時間が12時10分だという事を思い出し、それなら先生の要望である12時10分の予約にぎりぎり間に合うくらいの時間だと判断して、先生の要望を承諾する。
診察時間の予約が12時10分だという事は、前の患者さんの診察が長引く事を考慮に入れれば、だいたい12時15分あるいは17分までに到着すれば良いことになる。そして当日、案の定、あなたを乗せたバスが病院に到着する時間も、何らかの都合で4分程遅れたのである…

しかし、受付の医療事務を担当している事務看護師さんは、そんな複雑な事情は理解できない、と言わんばかり。
受付の事務看護師さんは、あなたが受付を通る時間が12時15分である事に気づくと、鋭い咳払いを発して無意味な威嚇をするのである。
しかも、その事務看護師さんはあなたが受付を通す前に、あなたより先に受付を通そうとして、もたもたのろのろと手続きをしていた女性の存在を知っていたにも関わらず。

まさにマッチポンプ。
その受付の事務看護師さんは、もちろん病院の直通バスの発着時間を知っていて当然の立場。
仮にも病院の受付を受け持っていながら、直通バスの到着時間も考慮に入れず、患者に対して、たかが予約時間が5分ずれたぐらいで怒りを発するのが当然だと言う事務看護師。
まるで、他人に突っ込みを入れるのが私達の仕事よ、とでも言わんばかりのその姿勢、面倒くさいの一言に尽きる…

そして後日、あなたの主治医は次回の予約時間を”午後12時10分〜20分の間”と訂正して記載するのである。

おすすめ

あなたの言動

他人のことを考えることの出来ない人間は、社会から弾かれてしまうものなのだ🐤

あなたがもし、明らかに他人にとって迷惑になるような言動を自分で悪いと思わないのなら、あなたは多分、周囲の人々に嫌われている。あなたがいくら、他人と表面的に上手に付き合おうが、他人に贈り物をしてご機嫌を取ろうが、そんな事は所詮付け焼き刃なのだ。そんなあなたは、あなた自身が知らないうちに、周囲の人々から疎まれるようになるのである。
何故、そんな事が起こるのか。それは、あなたがあなた自身しか大切にしない非人情な人だからである。あなたは自分の好きなように他人を蹂躙し、それを少しも悪いとは思わない。あなたは誰かのことを、その人が居ないところで貶したり悪口を言ったりする意地悪な人間。しかも、あなたはその意地悪を寧ろカッコ良い事だと確信してそれを他人に吹聴する。そしてあなたは自分を王様か女王様だと密かに自負する自信家。あなたはしきりに知人や友人に押し付けがましい親切や気遣いを当てがい、それで自分の覇権が確立されたと勘違いする。あなたは鈍感な人間だから、他人から少しでも親切にされると、それをすぐ特別なことだと思い込む。普通の人間関係だったら、ちょっとした親切はお互いの礼儀の範疇だという事実をあなたは知らない…
さらにあなたは、人目につかない場所で誰かに対する犯罪的な意地悪をやってのける陰険な人間。そんなあなたの周囲からはいつの間にか魅力的な人物が居なくなり、そしてそのうち、まるでクズかカスのような魅力の無い人々が群がるようになるのだ。

つまり、あなたの悪というものが、世間からあからさまに非難される事の無い巧妙なものだったとしても、世間は大抵、あなたの正体を見抜いているものなのだ。あなたがもし、自分が悪いことをしているけど、自分は悪人だと言われる筋合いは無いと確信するなら、あなたの人生は結局、茨の中を分け入るようなものにしかならないのである…

おすすめ

井の中の蛙大海を知らず

嫁取り婿取り、ほとんど戦🐤

例えばこんな話。

あなたの両親があなたに対してこんな事を言ったとする。
“あの一族の青年は身持ちの良い裕福な家庭に育った優秀な血統を持つ男。お前はあの青年とゆくゆくは結婚するのが良いだろう。私達があの青年の両親と話をつけるから、お前は安心して待っているだけで良い。”
あなたは、その青年の事をよく知らない。だが、あなたは両親がそこまで言うのなら、その青年はきっと素敵な人間なのだろう、と考える。そしてあなたは、まだ出逢ってもいないその青年の逞しい姿形を夢見て、これからあるであろうと思われる、自分の裕福で幸せな結婚について思いを馳せるのであった…

ここでこの話について、それはおかしすぎる話だし、この家族は奇妙な考え方をする人々だと考えるなら、あなたは正常な頭脳を持った人間である。
この話に登場する”あなた”、つまり彼女は、まだ出逢ってもいない男性の事を自分の将来の結婚相手だと確信する、物凄く思い込みの激しい人物である。そして、彼女の両親も、自分達がターゲットの青年の両親と話をつければ、自分達の娘がその青年と確実に結婚できると確信する一種の気狂い両親である。
そして、彼女の両親は、ターゲットの青年の実家に連絡を取り、近々その実家に住む”青年の両親”と話し合いをする約束を交わす。その後、彼女の両親は青年の両親と話し合いをすべく青年の実家へと足を運ぶ。
青年の両親:よくいらっしゃいました。〇〇家の方ですね。なんだかお電話の話では、ウチの息子がお宅のお嬢さんとお付き合いしているそうで…ささ、こちらへどうぞ。
彼女の両親:ああ、どうもすいません。そういう事ですので、遠慮なく上がらせてもらいます…
しかし両家の話し合いが進むにつれて、青年の両親の顔色がだんだん険しくなっていく。
青年の両親はこう思った。”どうもおかしい。この人達の娘は本当にウチの息子と関係があるのだろうか?なんだか話によると、お見合いの席を設けてほしいとか、両家一族の顔合わせの予定を組んでほしいとか、今後も両家で話し合いを積み重ねて縁談を進めてほしいとか、まるで初めて会って縁談話を推し進めるみたいな話の内容だ。これはまずい。こいつらはウチの息子を無理矢理奪い取ろうとしているに違いない…”
もちろん、彼女の両親は最初からそのつもりなのである。そして彼女の両親は、それが当然の事であり、それが変だとは全く考えない種類の人間であった…
しばらくして、青年の両親は姿勢を正すと、彼女の両親にこう言い放った。
“お話はよく分かりました。ですが、ウチの息子にはもう別に恋人が居るんです。残念だとは思われますが、今回の話は無かった事にしてくれませんか?”
彼女の両親はギョッとして青年の両親を見上げた。だが、もうお終いである。
“バレた…”
彼女の両親はそう思って、慌てて居住まいを正し、深く頭を下げてこう言い訳をした。
“そうですか…実はあなたのとこの息子さんとその彼女さんとは、娘が知り合いなんですよ。娘の話では、その彼女さんと息子さんはあまり仲が良く無いそうで…だったら、ウチの娘でも息子さんとは釣り合うし、仲良くできるんだったらウチの娘でも息子さんの嫁にピッタリだと思ったんですがね。そうですか、もう息子さんには彼女がいらっしゃるんですか…分かりました。今日のところはこれで帰ります。”
闇が深すぎる両親である…

おすすめ

共産主義の正体

あなたがもし、犯罪者に刺されたり財産を奪われたりしたら、あなたはどう考えるのか🐤

あなたが例えば、悪い事をした子供を敢えて叱らないとする。すると、その悪い事をした子供はあなたに感謝をして、さらに悪い事をする。あなたは子供に感謝されたということを良しとして、あとはその子供がさらに悪い事をし続けても何とも思わない。あなたはそのうちに、子供が悪い事をするのは普通のことだ、という認識を持つようになり、さらに悪い事をした子供を叱らないようになる。あなたはさらに、そもそも人間は悪い事をするのが普通だと考えるようになり、悪い事をした若者や大人に対して“許してやるべきだ。仕方のないことなのだから”と考えるようになる。そうしてあなたは犯罪者を擁護するような社会的立場を取るようになり、犯罪を犯す人々は社会的弱者であり、救われるべき可哀想な人々なのだと考えるようになるのである。
そんなあなたのやっている事は全て、神の倫理である”真、善、美”に反することなのだ。
あなたは”真実”から目を逸らし、悪い事をする人々がどんな醜悪で悪辣な精神を持っているかという事実を認識しない。あなたは”善”という価値観を完全無視して、悪い事をするのは通常のことだと考える。あなたは”美”という所謂、社会的規範に通じる”美しい生き方”という概念に真っ向から反対する。あなたは、人間が汚くて狡くて醜くて悪くて愚かで浅ましいのが通常の姿だと考える。あなたは悪魔なのか…

おすすめ

あなたの悟りは幻のよう

🐥菩薩検定を受けて合格したら菩薩になれるんかいな…🐤

あなたが立派な僧侶になることを志し、仏門に降り修行を始める。それはあなたが僧侶になるために必要不可欠なことである。あなたが僧侶になりたいなら、あなたは仏教系の大学へ行ったり、特別な仏教の修行を受けたりしなければならない。
ところで、仏教の奥義というものがある。それは、世間でもよく知られているように、”執着を断つ”ことである。これは、物事に対するこだわりを無くすとか、財産や地位に対する執着を取り去るとか、だいたいそういう事なのである。
それで、あなたは立派な僧侶になりたいのだが、そのためにあなたがしなくてはならない事はなんなのか?あなたは仏教の奥義に従い、世俗的な物欲などと縁を切るために僧侶になることに決めた。そして、あなたの夢はいつか、あなたが仏教界で”あの人は菩薩か如来のような人だ”と言われること。あなたは夢の実現のために日々、修行に励んでいるのだ…
だが、あなたは実は、最初の段階でもう既に挫折している。あなたは”執着を断つ”という仏教の教えに反して、自分が”菩薩だ、如来だ”と言われたいという執着を持つようになったのである。
あなたは一体、何のために僧侶になろうとしたのであろうか。あなたは僧侶になりたいと考えたが、あなたのその動機は、仏教界で偉い人になりたいという執着に簡単にシフトしたのである。
仏教というものは奥が深い。そもそも僧侶にならなければ、衆生を救済するという本願は叶わない。だが、僧侶になれば”偉くなりたい”という執着を捨てることは叶わない。しかし、地位のある立派な僧侶にならなければ、大勢の衆生を救済するという願いも、困難で虚しいものになるのである。

おすすめ

ドー○ングな人々

若いあなたの背後から猛スピードで早歩きの中年が追い越してゆく仕事の帰り道…🐤

そんな事がもしあるとしたら、そんな事が”もし”では無くてあるとしたら…

あなたは体のがっしりした細くて筋肉質な若い男性。
あなたはある日、仕事を夜遅くまで残業してやった後に帰途につく。最終バスももう出てしまったので、あなたは徒歩25分の距離の自宅へ向けて足を進めていた。
あなたは生来、筋力が頑強で、細身ではあるが筋肉が適度にみっしりと付いた体躯をしているので、夜遅くに早歩きをしても大して疲れることは無かった。
そんなこんなであなたが夜道を早歩きしていると、背後に人の気配がしていきなり背後から煩い咳払いの声が響いた。突然、そんな煩い咳払いが響いたのであなたはびっくりして横を見ると、今まさにただのくたびれた中年のサラリーマンが薄いカバンを持ってあなたの横を通り過ぎるところだった。その中年サラリーマンはかなりの痩せ型で、腕も足も細すぎる程であった。中年サラリーマンはあなたの横をすり抜けて前方へ足を進めていったが、そのスピードはとても早く、足自慢のあなたの歩調を遥かに超える足早さでカキカキと歩いて行く。
ただの中年サラリーマンが何故、そんなに足が頑強だったのかその理由は不明。そして普通に考えれば、体力もさほど必要としないデスクワークを主体とした仕事を持つ中年サラリーマンがそんなに体力と筋力が付いている筈もないのである。そしてその時、あなたの脳裏にはあるワードが浮かんだ。
“ドー○ング…”
そういえば、と、あなたは考えた。
“もやしっ子みたいな筋肉の貧弱な弱々しい体を持つ子供が、山登りの時やけに元気そうにスイスイ山を登っていく様子、ハイヒールを履いた若い女性が険しい岩の階段をものともせずガンガン山登りをする様子…これはどう考えてもドー○ングに違いない。貧弱な体なのに体力の必要な場所をずんずん楽々と歩き進む様子、どうもおかしいと思った…なるほどドー○ングか…”
そう考えると辻褄が合う。それ以外の理由があるというのなら誰か教えてほしい…あなたはそう思ったのである…

おすすめ

ババアの陰謀

優しい顔してババンバン🐤

あなたの祖母が所謂、クソババアだった場合、あなたはそのクソババアの言うことにいちいち従ってはいけない。何故なら、そのクソババアはあなたをなるべく醜くて自堕落で愚かな娘に仕立て上げることに熱心だからだ。例を挙げると…
“あら、お帰りなさい。学校から帰ったら、手を洗っておやつを食べなさい。大福を買ってあるから、それを3個食べるといいわ。あなたの為に買っておいたのよ‼️”
クソババアはそう言って、学校から帰ってきたあなたに甘ったるい大福を3個も食べさせようとする。無論、クソババアはあなたを醜く太らせたいだけだ。
“あら、お帰りなさい。今日は遅かったのね。疲れてるだろうから、お風呂には入らないでそのまま寝なさい‼️”
あなたが帰宅した時間は午後8時くらいである。まだ遅い時間では無いのに、クソババアはあなたを早く眠らせて風呂に入れないよう取り計らう。無論、クソババアはあなたの体を臭くしたいだけだ。
“まあ、お勉強してるの?頑張っているのね。でも、勉強ばっかりしている女の子は男の子に嫌われるのよ‼️”
熱心に勉強しているあなたに向かってクソババアはそんな嫌味を言う。当然のことだが、バカな女は男に馬鹿にされるだけで好かれない。無論、クソババアはあなたをなるべく自分より愚かに育てようとしているだけだ。
“お食事はきちんと3食しっかり食べるのよ‼️ちゃんと栄養とカロリーを取らないと元気にならないわよ‼️”
クソババアは食欲のあまり無いあなたに無理矢理、毎日3食きっちり食べさせようとする。実際、現代社会において、それほど活動量の無い現状の中で朝、昼、晩、と3食きっちり食べてしまうという事は肥満に直結する。無論、クソババアはあなたをブタ女にしたいだけだ。
クソババア、それは誰かを不幸にしたいと思っている生きた干物…

おすすめ

あなたが他人に無関心なら

深海魚でさえ周囲の様子を探って生きているのに…🐤

もし、あなたが他人に対して無関心なら、あなたは他人が怪我をした時にその人に同情するという事が無い。さらに、あなたは他人が不幸になっても何とも思わない。そして、あなたは他人から金銭を騙し取ってもそれを悪いと思わない。またさらに、あなたは他人を陥れてもそれを悪いと思わない。最後に、あなたは他人を殺してもそれを悪いとは思わない。
人の痛みに無関心であること、人の喜怒哀楽に無関心であること、それらはあなたの共感力を潰して悪辣なクソ老人のような性格にする。あなたはちゃぶ台の前に座り、お茶と和菓子を頬張りながら、あなたが陥れた他人の顔を思い浮かべてほくそ笑む。そんなあなたはまるで腐った干物のような醜悪な生き物に成り下がっているのである…

おすすめ

女の子の幸せな未来

あなたの母親があなたを甘やかさない理由🐣

あるところに、色白で肌が綺麗なちょっとだけ可愛い顔をした女の子がおりました。彼女は母親に殊の外可愛がられていましたが、母親は何故か彼女に対して十分にお菓子やお小遣いを与えませんでした。彼女は毎月、ほんの僅かしか無いお小遣いを母親から貰い、また、ほとんど母親が甘くて美味しいお菓子を買ってこない為におやつを十分に食べられなかったのです。ですが彼女はそんな毎日を過ごしていても、”きっと家にはあまりお金が無いんだろう”と考えて、あまり気にしませんでした。

母親が買ってくるお菓子といえば、お煎餅やあられや安っぽいスナック菓子や飴玉などだったので、彼女は”チョコレートが食べたい、ミニケーキが食べたい”と、何となく思っていました。母親はごくたまに、夕食後に”チョコレートを1枚買いましょう。誰か近所の商店で買ってきて‼︎”と言い、そして、娘達が買ってきた1枚のチョコレートを家族全員で分けたのです。

母親は意図的に甘くて美味しいお菓子を買いませんでした。それが何故なのか、幼い彼女には理解できなかった。ですが、多分これは無駄遣いをしてはいけないという事なんだな、と、彼女は考えていました。

そしてある日、母親は呆気なく死んでしまいました。そしてすぐに後妻として、母親と同年代の女性が家庭に入ってきたのです。その継母は彼女に対して酷く残酷な方法で陰湿な虐めを与えました。継母は彼女を嫌っていたので、ありとあらゆる方法で彼女に”お前は醜くて愚かな女なんだ”と思い込ませるための精神的な罠を仕掛けました。ですが、彼女はそれもあまり気にしませんでした。母親、殊に継母なんてそんなものだと何となく考えていたのです。彼女は成長したけど、継母の意地悪のせいでなかなか就職したり社会へ出て行こうと考えたりする気にはなれませんでした。

彼女は年頃になってもまだ実家に居ました。彼女は継母から与えられる僅かなお小遣いを使って、ただひたすら本を買い、それを読んでいました。バカな人間は社会の中では生きていけないという事を彼女は知っていたのです。

継母は彼女にこう言いました。”そのお小遣いはあなたがお菓子を買って食べたり、バイト雑誌を買ってアルバイトを探したりする為にあなたに与えたお金なのよ。本なんか買うんじゃありません!”

ですが、彼女は継母の言うことを無視しました。彼女は実家に居る間、ずっと本を読んで過ごしました。

そしてある日、彼女は若々しくて精悍で素敵な男性と恋に落ちて、あっという間に結婚して実家を離れて遠くへと旅立っていったのです。

彼女は結婚した後、実家に居るよりも遥かに幸せな生活を送り、そして歳をとりました。

彼女は母親の躾けた通りに生きたので、ほとんど甘いお菓子を食べずに過ごしていました。そして、彼女はお金の無駄遣いもほとんどしなかったのです。彼女の夫は裕福ではありませんでしたが、彼女が無駄遣いをしないお陰で割と豊かな生活ができたのです。

彼女は甘いお菓子を食べないせいで、醜く太ったり顔に吹き出物が出来たり皮膚が黒ずんだりしませんでした。そして彼女の顔の皮膚はほとんど若い頃のまま輝いていました。

彼女は肥満とは無縁の生活をしていました。彼女は健康的に痩せた体に、彼女の好みで買った様々の素敵な衣類を着ることができた。

これは彼女の母親の仕組んだ策略。彼女が将来、いつまでも若々しく健康で幸せに生きていられるように、彼女の母親はわざと彼女に厳しい躾けを施したのです。また、彼女は母親と父親の躾けにより、食事や生活その他についての基本的なマナーも身につけていました。彼女は何処へ行っても、恥をかくという事が無いような女性に育っていました…

おすすめ

あなたの醜い心は表情に現れる

醜かったら誰だってその人を美しいだなんて思うはずはない…

嫉妬、それは醜い感情。
だが、あなたは嫉妬を手放す事ができない。あなたは自分よりも賢い人に嫉妬する。そしてあなたは自分よりも美しい人に嫉妬する。さらに、あなたは自分より豊かな生活をしている人に嫉妬する。あなたはあなたより優れたものを持つ人々に嫉妬するのである。

そんなあなたは、そんな優れた人々を陥れるための画策を日々念頭に置き、彼らをいつか滅茶苦茶に壊してやろうと考えている。そしてあなたは、自分でそれができないのなら、誰かが自分の代わりにその優れた人々を潰してくれればいいと考えている。
そんな事を毎日毎日考えているあなた、まるで執念深い蛇のような性質のあなた…
誰もがそう思うが、そんなあなたの顔の表情はまるで蛇の化け物みたいな恐いものではないのだろうか。憤怒と憎悪に塗れたその瞳、険しく歪んだその表情、目元と口元はかすかに歪み陰険な風貌を醸し出している。
そして、誰もがそう思うが、あなたが他人に意地悪している時の顔は醜い。意地悪そうな顔つきというものは、誰にでも判るものなのだ。例え顔は笑っているように見えても、その目つきは悪いし顔つきも悪い。しかも口から出る言葉は明らかに嫌がらせや当て擦りや罵倒や皮肉やただの悪口である。
あなたが気分爽快だと考えている他人に対する嫉妬による悪辣な言動、それはあなた以外の他人を不愉快にする”あなたによる妖怪蛇変化パフォーマンス劇場”に他ならない。あなたは大道芸人宜しく、割と派手にところ構わずパフォーマンスする何かの変な人なのである…そんなあなたを美しいとか立派だとか賢いだとか、そんな風に評価してくれる人は誰一人存在しない…

おすすめ

他人と自分、違うのは当たり前だけど、同じように生きている

人の言ってる事なんて気にするな‼️(いえ、少しは気にしてください…🐤)

あなたがもし、誰かに批判されたり、咎められたりした時、あなたはどういう反応を示すだろうか。もしかしたら、あなたは”他人の意見を聞き入れる必要は無い。自分は他人とは違うし、他人が自分に無闇に干渉する権利はない。他人の横暴に付き合うほど私は暇じゃ無い”と考えるかもしれない。

だが、ちょっと待って、冷静になって考えてみる必要がある。他人は何故、あなたのことを批判しているのだろうか。もしくは何故、あなたは他人から咎められているのだろうか。

あなたが自分の言動について、完全に間違っていない、倫理に照らし合わせて間違った言動は取っていない、というのなら多分、他人の批判は取るに足らない事だろう。だが、あなたの言動にもし、神の倫理に反するような悪いものがあるとしたらどうだろう。
あなたが世間に発信するものの中に、嘘や欺瞞や詐欺や泥棒や破壊や傷害や悪質な性犯罪を助長するようなものがある場合、あなたは他人から批判されたり咎められたりするのが当然なのだ。それは悪い事なのである。
あなたがどんなに言い訳して、それは仕方のない事だから私は正当だ、と言い張っても、確実にそれは神の倫理に反すること。それは誰もが忌み嫌う、犯罪に近い嫌がらせなのである。

あなたが”自分は自分だ。これは自分の個性なのだ。誰にも批判される筋合いは無い”と主張するものの内容、それは果たして他人を害さないものなのだろうか。あなたは自分を大切にするあまり、他人の人生を踏みにじっていないだろうか。

あなたが生きているように、他人も生きている。あなたが幸せに生きていきたいと思うように、他人も幸せに生きていたい。あなたが自由に他人から邪魔されたくないと考えるように、他人も誰にも邪魔されたくない。それなのに、あなたは自分の意思を通したいがために、他人の生き様を妨害し、他人の幸せを敢えて破壊し、他人の自由をも阻害する。
あなたがそんな事をしていたら、皆が不幸になるだけなのである…

おすすめ

怨念が強いからといってそれが超能力という訳では無い…

自称霊能力者の実態🐤

その女。生まれつき頑固。
そして彼女は思い込みが激しく、何でもかんでも自分の考えが正しいと思い込む。そして彼女は、自分と違う意見を持っている人間の事を、”思い込みが激しいからこの人は私の意見を受け入れないんだ”と判断する。
そしてその後、彼女はその人の事を世間に対して、”あの人は思い込みが激しい頭の変な人間だ”と吹聴する事も忘れない。
さらに、彼女は悪い霊に付き纏われやすい性質。そして彼女は、その自分の性質について、”私って霊感が強いの。私には霊的な力があるの。私には超能力があるのよ。”と、自分のただの悪霊体質について高評価する。
そう、彼女は怨念が他人より強い。
なので、彼女はあらゆる場所で他人に対して”怨念を飛ばす”事により、他人を瞬間的に支配する。その結果、その他人は”一時的”に彼女の言いなりになり、そして彼女はますます自分の似非超能力に心酔するのである。
なんのお笑い茶番なのだろうか。
ただの怨念が強いだけの女…

おすすめ

どんな事が悪い事なのか知っていますか🐣

他人が自分の思い通りにならないからといって、他人を悪魔扱いする人々は後を絶たない…

あなたが突然、他人から”あなたは悪い人間だ。あなたは生まれつきの悪霊なのだ。あなたは地獄から生まれ変わってきた悪魔なのだ。”などと言われても、あなたは慌てて反省などしてはいけない。それは大抵、単なるあなたに対するやっかみや恫喝や嫌がらせである場合がほとんどなのだ。
何故なら、世の中というものは、本当の悪人に対して敢えてそういう事を言わない仕組みだからなのだ。極悪人に対して、誰かが”お前は悪魔だ。地獄に帰るがいい。”と言うと、大抵その極悪人は逆ギレしてその台詞を言った人に陰険な復讐をするのが常だからである。

悪い事とは何なのか。
悪い人とは、他人と付和雷同しない人では無いし、他人にお世辞を全く言わない人では無いし、他人に気を遣っていちいち遠慮しているフリをすることをしない人では無い。世の中を歩いていると、他人と同じことをしない人は悪いと言われがちだが、別に他人と違うことをしたからといって悪いわけはない。重要なルール違反や犯罪を犯さない限り、あなたは自由に生きて構わないのが普通である。

では何が悪い事なのかというと、まず嘘つきである。そして他人のものを盗むことである。さらに他人のものを無断で破壊すること。それと、他人を偽証すること(ありもしない他人の犯罪をあたかもあったかのように世間に吹聴すること)。あとは性犯罪や姦淫の罪、親や家族を大切にしないことなど。そして人を迫害したり傷つけたり殺したりすること。だいたいこれくらいが悪い事の基本的なものである。

あなたが他人から”悪い人だ”と言われたとしても、前述の事柄にあなた自身が当てはまらない場合、それは単なるあなたに対する陰険な悪口なのだ。気にしてはいけない…

おすすめ

このババア誰だよ🐤

置き換えればいいというものでは無いと思うのだが…🐥

私の父方の祖母。名は宮﨑照(てる)。祖母は昔、川崎の旧実家に家族と一緒に同居し、幼い私や姉を可愛がった。祖母はそのうち、旧実家を離れて地元の養老会館に住むようになった。そして家族が名古屋に転勤になり、生まれたばかりの妹、私、姉、父、母の5人で名古屋の会社の社宅マンションに住むようになったのである。

そして私が幼稚園児の年長組の頃に祖母は亡くなった。
宮﨑一家は急いで川崎に帰省し、養老会館に行き地元の祖母の知り合いと共に葬儀の支度をしていた。
姉は涙を溢していた。
姉は祖母に懐いており、祖母も姉の世話を事細かにみていた。私も祖母は大好きだった。私は多分、祖母が生きている当時は母よりも祖母に懐いていた。私も姉も、祖母と一緒に寝るのを好んだ。母はその当時、随分悔しい思いをしただろうと思う。まだ幼子である娘2人が母ではなく祖母に懐いている、こんな状況は母親には耐えがたい事である。当時、私は祖母と一緒に養老会館の居間にある掘り炬燵に足を突っ込み、お茶と梅干しなどをいただいてまったりとした時間を過ごすのを幸福だと感じていた…

話は戻る。姉は祖母が亡くなった事を哀しみ、半泣きの顔で立ちすくんでいた。私も悲しくなって泣き始めたが、その時、狡猾な悪魔のような顔をした母が私にこう言った。
“なあ〜にぃ?あんた泣いてるのぉ〜?”
母はまるで、泣くのがみっともない、とでもいうようなニュアンスでこう私に言ったのである。
私はムッとしてこう言い返した。
“おばあちゃんが死んで嬉しいよ。(だって、おばあちゃんは天国へ行って幸せになったんだから。)”
おばあちゃんが死んで地獄に行く可能性が0以下だとよく知っていた私。だが、その台詞の中に”おばあちゃんは天国に行ったから嬉しい”という敢えて発言しなかった思惑の内容を入れなかったのはまずかった。多分、周囲の大人は私の発言を聞いて誤解しただろう…
その後、周囲の人々に勧められて、木製の棺の小窓を覗いた私。その時私は心底ぞっとした。そこには見知らぬババアの険しいデスマスクがあった。今思い返しても明らかに祖母の顔ではなく、それは陰険な表情の全くの他人の顔であった…
祖母の顔には特徴があったので、私は幼少時でもそれをよく覚えていたのである。

何故、祖母の遺体が他人のそれとすり替えられていたのかは不明だが、後年、祖母は失踪したのではないかというような話を母から聞いたような気がするので多分、そうなのだろう。
祖母の葬儀から後、名古屋に帰って生活していたが、それ以来、眠ると金縛りに遭うことがしばしばあった。恐るべき他人のババアの怨念、何故祖母の遺体の代わりに他人の陰険ババアの遺体が養老会館に安置されていたのか。そんな事をしているぐらいなら、正直に祖母が失踪したと言えば済むことではないのか。なんでそんな辻褄合わせを考えつくのだろうか…

おすすめ

あなたの何がそんなに悪かったのか

嫉妬と貪欲と我儘と傲慢は身を滅ぼす種…🐤

あなたが神を信じない、あるいは神から見捨てられたと考える時、あなたの精神状態は一体どのようになっているのか。
あなたは多分、自分が悪いから神に見捨てられたとは考えない。あなたは、自分はただ運が悪かっただけだと考えるだろう。あるいは、神などそもそも存在しないと考える。
そんなあなたは日々、他人に意地悪することばかりを考えて生きている、もしくは他人を蹴落とすことばかりを考えて生きている。そしてあなたはそれを少しも悪いことだと考えていない。寧ろ、この世知辛い世の中を生き抜くためには他人を犠牲にすることこそが必要だと確信している。あなたは毎日、事細かに他人に対して意地悪をすることを怠らない。そしてあなたは、自分の気に入らない人間を蹴落とす事を無上の喜びとしている…

ところで、神とは何なのか。宗教書を読み解くと、神というものがあらゆる良きものの源であるというような事が書いてある。あらゆる良きもの…あなたの日々行っている事は、果たして良きものなのであろうか。あなたは即断で”意地悪はいいものだ。他人を陥れる事もいいことだ。何故なら、それが自分の利益に繋がるからだ。”と判断する。だがそれは、あなただけが満足するやり方であって、他の人がそれによって得をするわけでは無い。寧ろ他の人はあなたの意地悪によって損をするのである。それは明らかに、公平な神の眼から見て”良きもの”では無い。
世界が神に創られたものである限り、神が特定の個人のみを満足させるために世界を存続させることはあり得ないのである。あなたが自分の思うように人生を生きられなくて不幸だと感じるなら、あなたは自分のやり方に何処か自己本位で我儘な部分があるのではないかと思い返す必要がある。

世界にはあなただけが住んでいるわけでは無い。あなたが生きているように、他の人もあなたと同じように生きている。あなたが他人から迷惑をかけられたり邪魔されたりしたら腹が立つように、他の人もあなたに邪魔されれば腹が立つ。あなたが腹が立って、あいつを殴ってやりたいと思うように、あいつも腹が立って、あなたを殴ってやりたいと思っているのである。あなたが運命の報復を受けたく無いと考えるなら、他人に恨まれるようなことはすべきでは無い。神が何故、他人を害するなと言っていたのかをあなたは深く考えてみる必要があるのだ…

おすすめ

スピスピくそ幼児

どんな理由があっても悪は悪なのだ…🐤

スピリチュアル。
こんな言葉、何処にでも転がっている。一見、高度な精神性を持っていそうなこの思想、実はこれらには軸となる神聖な何かが無い。
スピリチュアリスト、彼らは罪を憎まない。そして彼らは悪を憎まない。そもそも、高度な精神性というものは、世の中の良きものを尊重することから生まれるものなのだ。スピリチュアリストは世の中の良きものをあまり尊重せずに、世の中の底辺の悪い部分を拾い上げようとする。そう、彼らは実は共産主義者なのだ。

罪を憎む、悪を憎むという思想は、神から由来する宗教の教えである。それは世の中を良くしようとする神の神聖なエネルギー。神は世界を平和で安全で幸福で誰もがチャンスの平等を得られる世界にしようとして人類に宗教をもたらした。神は悪を断罪するが、それは法治国家として世界が成り立つための重要な倫理なのである。
もし、人間社会が罪や悪を憎まず、それらを看過し容認する世界だったらどうなるか。間違い無くその世界は地獄と同様の世界となるだろう。何故なら、悪い事をしてそれが罪に問われずに容認されるというのなら、悪い人間は次々と大中小の犯罪を犯して悪びれる事も無く、さらに安穏と犯罪を犯しつつ生き続けるだろうからである…

おすすめ

善、それは悪を憎む事。

を害さない生き方、それが善というものの本質

あなたが人生において、様々な状況で様々な判断を下す時、あなたは何を基準にして判断するのだろうか。
ここで重要な事は、あなたのその判断が果たしてあなたとあなたの周囲の人々を真に幸福へと導く事が可能かどうかというもの。
あなたが不幸になって周囲の人々が利益を得るというなら、それは結果的に全員を不幸にするだろう。何故なら、あなたが選んだ選択があなたを不幸にするものなのに、あなたの周囲の人々だけがそこから利益を得るならば、それは明らかに誰かの不幸の上に築かれた砂上の楼閣と同じだからである。そんなものは結局、誰をも幸福にすることは無い。
また、その選択をすればあなたは幸福になるが周囲の人々は不幸になるという選択については、それは明らかにあなた自身のエゴイズムが肥大して周囲に迷惑をかけているという証拠である。
そしてもう一つ、あなたの選択が一時的にはあなたと周囲を幸せにするが、中長期的に見ると全員を不幸にするものだというもの。これは明らかにあなたの見識不足による間違った選択だということだろう。
このように、あなたの選択の良し悪しについてはいつでも、その選択が誰かを幸福にするか不幸にするかという問題が横たわっているのである。要するに、あなたはその選択により、悪い事をしたいのか、あるいはそうでないのか、という善悪の峻別から来る意思の実現を果たす。あなたが生きる時、あなたは自分の行ってきた様々な選択を振り返り、それが果たして自分と周囲を幸福にしてきたのか不幸にしてきたのか、あなたはそれをよくよく反省する必要がある。あなたの残した足跡に数々の不幸と不運と悲劇が転がっているなら、あなたは悪い人間なのである。

おすすめ

鈍感な味覚

あんたは出汁と塩の味の区別がつかんのか🐤

年末、元夫と一緒に食事を摂るために、買い溜めた餅を焼いて、お吸い物の素をお湯に溶いてそこに餅を入れ、簡単なお雑煮にして食べようとした。お吸い物の素を元夫に頼んでお椀の中に入れてもらい、お湯をそこに入れて焼いた餅も入れた。そして、さあ食べようとなった時、お椀のお吸い物を軽く啜ると、何か変な感覚があった。味が薄い、私はそう思った。普通、お吸い物の素を一袋お椀に入れれば、割としっかりとした出汁の味がするはずなのに、このお椀のお吸い物はお湯の味みたいな味がした。私はその時は、”お湯を入れすぎたのかな?”と思ったが、後日、同じような湯の量で作ったお吸い物の味がしっかりしていたので、やはりおかしいと思ったのである。

そして、私は昔のある事件を思い出したのである。それは、元夫がお吸い物の素の量を減らしてお椀に入れて、それにお湯を入れて飲んでいた事。元夫はそれを”塩分摂りすぎになるからお吸い物の素を減らして入れているのだ”と言っていた。私は元夫の育った環境が貧乏人のそれだった事を思い出してげんなりした…

お吸い物という飲み物は、主に昆布や鰹節や椎茸などの出汁の味を生かす事により味付けされたものである。お吸い物が透明な色をしていたからといって、それが塩で濃く味付けされていると勘違いする人々が存在する。そしてそのような人々に限って、味噌汁の濃い塩分は全く気にしないものなのである。味噌とは、大豆などを塩漬けにして発酵させたもの。それを使った味噌汁は、出汁の味がメインのお吸い物などとは違ってもの凄く塩分が濃いのである。もちろん、元夫は味噌汁の塩分を気にして、飲むのを控えたり味噌汁を沢山のお湯で薄めたりしたことは無い。

見た目が塩の色だからといって、なんでほとんど出汁の味しかしないお吸い物を塩分過多だと断定するのだろうか。元夫が一体誰に教育されたのか知らないが、彼はどんだけ貧乏人根性が濃いのだろうかと私は心底落胆するのであった…

おすすめ

冷やご飯

重曹なんか入れたら、おじやなんかぐちゃぐちゃになってしまうで🐤

ある日、母が2階での用事を終えて1階に降りてきて、ついでに玄関の片付けを細々とやっていた。母は作業をしながら、居間兼キッチンのある方の扉の向こうで何者かが奥でこそこそ動いている姿を見た。母は訝しく思い、なるべく気づかれないようにそっと扉の向こうを覗いた。すると、キッチンの奥にある炊飯器の前で娘(私の妹)が、炊飯器に入っている冷やご飯に何かの粉をしゃもじを使って混ぜている姿が見えたのである。母は驚いたが、いきなりその現場に踏み込んでも気まずくなるだけだと思い、その場で知らないふりをしてやり過ごした。

後日、母はさりげなく妹に、あの時何故、炊飯器の冷やご飯に白い粉を混ぜていたのかを聞いた。すると妹はこんな事を言ったのである。

“織江ちゃんが冷やご飯で作るおじやが美味しいのが悔しかった。どうせなら冷やご飯を全部不味くして、織江ちゃんが冷やご飯で何の料理を作っても不味くなるようにしたいから。”

妹は頻繁に、炊飯器の冷やご飯に重曹や母の常備薬である睡眠導入剤などを粉末にしたものなどを混ぜていたのである。どうりでその当時、冷やご飯を食べると気分が悪くなったり、おじやを作るとぐちゃぐちゃの不味いおじやになったりしていたと思ったら、妹が冷やご飯に重曹やら睡眠導入剤やらを混ぜ込んでいたのだった。

母はそれ以来、ご飯をきっちり食べ切る量しか炊かなくなった。母は冷やご飯を炊飯器に残す事を一切しなくなったのである…

おすすめ

奇妙な電柱…

声は聞けども姿は見えず…🐤

学生時代、修学旅行に行って旅館に泊まり、朝、目が覚める。すると何処からか鳥の鳴き声が聞こえる。が、少し変だ。
その鳥の鳴き声は途切れる事が無くずっと続いているし、しかも鳴き声の源はどうやら天井近くであり、窓の外からでは無い。その窓はといえば、頑丈なサッシ窓なので、こんなに近く大きく鳥の鳴き声が聞こえる筈も無い。
ようやく気づく。ただの早朝スピーカー放送だった…。

バスに乗る為にバス停で待つ。私以外にも4人程、バスを待っていた。すると、
“ピーピチピチピチチチチチチピーピチピチチュンチュンチュンピチピチチチチチチチ…”
いきなり周囲から華やかな鳥の鳴き声が響き渡る。しかも長い間。
私や周囲の人々は、それが突然の事だったし、周囲に存在する電柱にも電線にも鳥の姿が一切見られないのを不審に思い、思わず辺りを見回した。どうやら、鳥の鳴き声は電柱辺りから大きく響いていた。
私と周囲の人々は、渋い顔をして黙然とした。
電柱スピーカーや…

おすすめ

100%欺瞞

私の判断に間違いは無いわ(🐤いえ、そんな事も無いと思いますが…)

ある時、母親が子供達にこう言った。

“これからは、市のゴミ収集車が来る月曜と木曜にだけ一階の大きなゴミ箱にゴミを捨ててちょうだい。この大きなゴミ箱は、玄関の近くに置いてあるからゴミの臭いが玄関に漏れるのよ。これが新しい我が家のルールよ‼️”

しかし、この玄関の近くに置いてあるゴミ箱の臭い匂いの原因は、一階のキッチンから出た生ゴミなのである。そして子供達がこのゴミ箱に入れるゴミの大半は、紙屑や包装用のビニールや床に落ちていたチリ屑類を掃除して集めたものや菓子のパッケージなどである。そもそも臭いのするゴミを子供達は一階のゴミ箱には入れていない。この母親は単に”マイルール”を作って行使したいが為に子供達に対して無意味なルールを押し付けたというだけの話である。

ある女が、お菓子を食べるたびに”これは私にとって薬なのよ。私はお菓子を食べると元気になるし、頭脳の栄養はブドウ糖だからお菓子は私の栄養源。チョコレートやケーキはストレスが溜まりがちな私の必需品よ‼️”と、自分を鼓舞するように前述の呪文をかけている。

しかし、お菓子を食べれば確実に太るしニキビも顔に出るし顔色も悪くなるし息も臭くなる。薬のつもりが毒、そんな現実が目の前に横たわっているのに、この女はそんな事にも全く頓着せずにお菓子を食べ続けているのである。

また、母親が子供達にこんな事を言って困らせていた。

“お友達の奥さんは、子供達が悪い事をすると、火をつけたお線香を子供の手の甲にプチュッと押し付けてお仕置きするんですって。ウチでも子供が悪い事をしたらお線香で手の甲をプチュッとするわよ‼️”

この家庭では、母親の言うことを聞かない子供達は居ないし、そもそも敢えて悪い事をする子供達も居ないのに、この母親は何故かお線香を子供の手の甲に押し付けたがっている。これは、単なるサディスティックな趣味を実践したがっているだけの母親であった。

また、母親はこんな事も子供達に言った。

“親戚の姉は、子供達の教育は、子供を上から捻じ伏せて押さえつけるように何でも厳格に命令しなければならないと言っていたのよ。”

そもそもこの家庭の子供達は親に対して全く反抗的では無いのに、この母親は全く敵のいない家庭で”架空の反抗的児童”に対して何らかの強制的な押し付け教育を成そうとしているのである。

彼らの頭脳は常に一人相撲。彼らは架空の何かに対して働きかける事により、何らかの利益を貪ろうとする精神的な変態なのであろう…

おすすめ

慈悲深き深海の生物

チョコレートを子供に配ったところでそれはただの変な人だし🐣

あなたが貧しい人々や教育の無い人々に深い同情を寄せる時、あなたは一体その貧しく教育の無い人々に対して何をしてやれるのだろうか。慈善事業に寄付する、あるいは自ら貧しい人々や教育の無い人々に対して厚意の親切を施すことだろうか。

ところで、あなたは所謂お金持ちに対して良い感情を持っていない。あなたは地位の高い人々に対しても、どちらかというと悪感情しか持っていない。あなたは金を憎悪するタイプの人間。あなたは、人間世界にお金があるから犯罪が絶えないのだと考える。世の中に貧しい人と豊かな人がそれぞれ存在する理由、それをあなたは搾取の原理だと想像する。

だが、世の中を動かして脈動する経済を支えているのはお金持ちや地位の高い人々なのである。彼らが積極的に世界で活動することにより、豊かな人にも貧しい人にも様々な物資が行き渡るような仕組みが経済なのである。

そういえば昔(あるいは今も)、道路族という政治家達が存在した。彼らは日本国中に道路を敷き詰める事を目的として活躍した政治家達。一見、彼らは日本に道路を敷く事により何らかの利権を手にしていたように見えるが、実は彼らは”日本国中にくまなくあらゆる物資を調達する為になんとか道路を敷き詰めようとしていた”のである。例え物資を生産することが出来ても、それを日本国民に対して滞りなく届ける事が可能で無ければ意味がない。経済というものは、くまなく循環することでその利益を享受することができるのである。道路族、などというある種の陰口が叩かれたのも、経済の真意を掴めていない無知な人々が存在したからである。

あなたが金持ちを憎むのは勝手である。あなたが地位の高い人間は貧しい人々を搾取していると考えるのを止める権利は他の人々には無い。しかし、あなたが深い同情を寄せる貧しくて教育の無い人々を日々、陰から支えているのは、まさにそのお金持ちや地位の高い人々による”働き”なのである。あなたが細々と慈善事業に寄付したり、貧しい人々に時々親切にしたりしてほんの小さな施しを与えている間に、お金持ちや地位の高い人々は、まるで嵐のように労働してそれにより様々な人々を根底から支えているのである…。

おすすめ

悟りというものの実情

誰かが”あなたは悟りを得た”と言っても信じてはいけない。絶対勘違いだから🐣

あなたは所謂、”悟りを得る”という事について、一体どのような認識を持っているだろうか。

ある人は、”ししおどしがカポーンと鳴る音を聞いてはっと悟った”とか、”澄んだ池にポチャーンと蛙が飛び込んだ音ではっと悟った”などという俗説を信じているかもしれないが、そういう事ではない。

ところで、仏のような人間とはどのような人なのだろうか。それは、おそらく”我執”に囚われない人間だという事ではなかろうか。

世の中の人々が幸せになれない理由、それは、各々が自分の執着に囚われて、”自分さえ良ければ、自分が良くなければ納得できない、自分が満たされなければ生きている甲斐もない”と、自らの欲望を満たす事のみを考えているからではないだろうか。

そしてさらに、あなたが例え自分の欲望を追求する生き方をしなくても、あなたが”自分は欲望の無い立派な人間だ”などという慢心を持っているなら、あなたはやはり欲望に満ちた人間なのである。

悟りとは、我々人間が本当に立派な人間になっていく道。それは単に”何かのきっかけではっと悟った”などというただの閃きなどではあり得ない。

我々は生まれ落ちてから両親に育てられ成長し、社会に出て様々な経験や試練を経て成熟へと向かう。人間的に”できた人”とは、若いうちに実がなるという類のものでは無い。若いという事は、間違いを多く冒すという事である。あなたが何の経験も熟練もないのに、様々なシチュエーションにおいて、あなたが上手く問題を解決することができる筈も無いのである。また、あなたが年齢を経ているにも関わらず、経験や試練から何も学ばず何も智慧を取得していないのならば、あなたは若い人とほとんど変わりがない。

人生というものは、あなたが積極的にそれから学ぼうとしない限り、何もあなたに与えないものなのである。結論として、”悟り、成熟”というもの、それはあなたが人生を生きてきた中であなたが掴み取った”真実、智慧”を元にしてあなたが他者に対していかにして慈悲心を持って与える事のできる人間かという一種の基準なのである。

所謂、超人思想というものがあって、悟った人はスーパーマンになるだろうという、ヘンテコな解釈もあるが、それは明らかに何かの誤解であろう。

悟りというものは、あなたのつまらない日常の中に溢れている”清浄な智慧の水”のようなものだ。あなたが日々、生きる中でいかにして”心静かに深く考えて尊い智慧に到達するか否か”という事が悟りに繋がるのである。あなたが日常生活を”つまらない、こんなの悟りとは無関係な雑事だ”と考えるなら、あなたは仏の智慧とは無縁なただの愚か者なのである。

おすすめ

学歴だけでもダメ、職歴も半端なのはダメなのが世の中

あれはダメだったけど、今度は場所変えたから大丈夫‼️(そんなわけ無いで🐤)

あなたが良い学校を出て、良い職場に就職できたとする。そしてあなたは張り切って職場で仕事をするが、何故か上司はあなたにダメ出しばかりする。あなたはどうしてあなたの上司があなたに厳しい言葉を投げかけるのかが分からない。あなたは毎日、上司に叱られながらドタバタ仕事をする。そしてそのうち、あなたはやる気を無くして、中途半端な気のない仕事ぶりを周囲に晒すようになる。そんなあなたを見ている同僚や上司は、次第にあなたに対して”バカだし無能な奴だ”という評価を与えるようになるのだ。

そんな時、あなたはふらりと書店へ赴き、ある書物を手に取る。それは、ある新興宗教の教祖の書いた本。あなたは夢中になってその本を読む。その本に一体何が書いてあるのかというと、”あなたは光の天使になる素質がある。それは、あなたがこの本を手に取りページを捲ったからである。素質があるからこそ、あなたはこの本を手に取り読もうとしたのだ。”というような事である。

これは、新興宗教が信者獲得の為によく使う手である。あなたは特別な人間なのだ、ということを人々に示唆して、有耶無耶のうちに教団に引き入れる手口なのである…

あなたは学歴も立派で、良い職場にも就職できたにも関わらず、その職場を放り出してその新興宗教の職員になる為に教団事務所へ電話をかける。あなたはしどろもどろになりながらも、その教団の職員になりたい旨を告げ、職員になる為の願書を手に入れる為に住所を教団事務所に伝える。

そして、あなたは学歴も良く、そして職歴(新人だとしても)も良い職場のものがある。だから、あなたは簡単にその新興宗教の教団職員になれたのである…

どんな職業を選ぶかはその人の自由、どんな職種に適正があるかはその人次第。だが、あなたは前職で同僚や上司から”無能”という評価を受けたダメ人間。そんなダメ人間が新興宗教の職員になり、教団の人々を教え諭したり指導したりすることが果たして可能なのかどうか。冷静に考えてみれば、前職でろくでもない仕事しか出来なかったあなたが、この教団で一体何ができるというのか。仕事というものは、だいたい基礎的に同じような技量を必要とするものなのである。何も出来なかったあなたが場所を変えただけで急に仕事ができるようになる訳が無いのである…

おすすめ

🐤臭いと言っているのに

臭いことは悪い事じゃ無いんですよ。ほら、私だって臭いでしょう?皆んな臭いからそれが普通なんです。(🐤変な理屈…)

あなたが外出した時、ちょうど真夏の事だった。

あなたはシャワーを十分に浴びて体の汚れと汗を洗い流し、さっぱりしてから着替えて外出した。

真夏のこと、灼熱の日差しとムッとくる熱気、まさに夏全盛期…。あなたは街中を歩いて目的地であるスーパーマーケットへ行った。

その帰り道、あなたは前方から異様な臭さが漂うのに気づいた。あなたの前方で信号待ちをしているのは数人の年配のおばはん。彼らは汗みどろなだけでなく、明らかに数日間風呂に入っていない臭いを発していた…あなたは思わず、”臭っ”と小さく呟いてしまった。まずい、とあなたは思ったが後の祭りである。あなたは臭い人に対して臭いと言ってしまった事を後悔し、次からは気をつけようと思い直したのである。

その後あなたは、家に来客が来る用事があったので家を掃除して綺麗にし、テーブルを整えてティーカップを二つ置き、皿とスプーンなどを添えて来客を待った。

やがて客がやって来たのだが、どうもその客の様子がおかしい。真夏なのに暗い色の長袖とズボンを着込んだその客、物凄く汗臭い匂いを漂わせながらやって来たのである。あなたと客はしばらく、テーブルを挟んで話していたが、やはり汗臭い。そもそも他人の家にお邪魔するのに何故、客がそんな暗い色の長袖とズボンを着込んでやって来るのかも分からないし、何故異様に汗臭いのかも分からない。あなたは不審に思いながらも予定通り話を済ませて客を帰らせた…

世の中には、他人が”臭いのは良くない事だ”と言うと、逆に”いや、臭いのは普通の事だし、別におかしい事では無い”と主張する人々が湧き出る事がある。彼らは他人の嫌がる事を率先して他人に押し付ける事で、その他人の嫌がる事は当然あって然るべき事だと主張する、所謂共産主義者なのだ。

皆が貧乏なのは当たり前、皆が不幸なのは当たり前、皆がバカなのは当たり前、皆が臭いのは当たり前、このような主張をするのがだいたい共産主義者なのである。彼らは人の不幸を助長する悪魔主義者としか言いようがない。皆が不幸だったら皆が困るのは普通の事なのに、彼らは皆が不幸だったら皆が平等に不幸になるのでそれは良いことだと主張する無知蒙昧な種族なのである…

おすすめ

○島さん(誰ですか🐣)

他人のそら似ですら無い、誰だか分からない🐥

元夫の電車仲間に○島さんという人が居た。
その人は当時のアパートの大家さんの息子さん。彼は相当な歳だったにも関わらず若々しい容姿を持っている背が高い清潔好きなイケメンであった。
彼に初めて出会ったのは、私と元夫が奈良に引っ越して来た時の事。彼の当時の年齢は30代前ぐらいだったのだが、彼はつい最近、2020年の時点でもその容姿はほとんど変わらず若々しいイケメンスリム清潔をキープしていた。

その彼の姿が急に見られなくなったのは2021年半ばぐらいからである。2021年の春に○島さんと名乗る人がウチを訪ねてきたが、どうも変なのだ。その○島さんは背が低い小男で、顔は皺だらけでブサイクの範疇に入る造形でしかも衣類が汚らしかった。私はその後、元夫に”○島さんが急に老けた”と報告したが、元夫は”そんな訳はない。○島さんは全然老けてない。”と言っていた。おかしな話である。

そんな事があった後、月日は経ち、2022年の初夏、元夫が”○島さんと電車で待ち合わせをして会う。”というので一緒に行った。すると、駅のホームに立っていた○島さんは若干背が低くなったような気がしたし、しかもなんだか堅太りした体になっていた。特急電車の窓に向けたラウンジのような座席に3人で座り、元夫と○島さんは何やら雑談をしていた。○島さんはマスクをしていたが、飲み物を飲むタイミングでマスクを外した。ブサイクな顔がそこにはあった。
明らかに○島さんと違うやろこれは、と、私は思ったがその場では何も言わず雑談などを少し呟く程度で済ませた。その後、元夫と私は○島さんと別れ、電車を降りた。元夫に私は、”あれは誰なのだ?全然知らない人だが。”と言ったのだが、元夫はこう言って誤魔化した。
“誰って、○島さんじゃない。他に誰が居るの?”
その人のどこが○島さんなのか私には判らなかった。その人は○島さんみたいに背が高く無いし、イケメンじゃ無いし、痩せていないし、清潔な格好もしていない。どう考えても○島さんとは別人なのである。
そしてその後、2024年秋の現在になっても、本物の○島さんを近所で見かけた事は一切無かったのであった…

おすすめ

勘違いの国を創る人々

🐥そんな内容の無い生き方をしているのに、自分が立派だとか偉いとか勘違いする方がおかしい…

あなたは宗教と道徳と倫理について、どのような思想を持っているだろうか。

あなたはもしかして、他人に対して元気に挨拶することを宗教だと思っていないだろうか。あなたは元気に他人に対して挨拶をし、それでもって他人に愛を与えていると勘違いしていないだろうか。
挨拶は単なる社交上の礼儀であり、それは状況によって複雑に変化するものであるから、ただいつも他人に対して元気に挨拶すれば良いというものでは無い。

あなたが他人に愛を与えようとして、例えば他人に何かをご馳走するとする。だが、他人は別に酷い貧乏人では無い事がほとんどなのである。あなたが他人に施しとしてちょっとした食事をご馳走したとしても、それは単に社交上の礼儀の一部であり、それが宗教的な何かのパワーを持っている訳では無い。

あなたが他人に親切にしようとして、例えば他人の履き物を少し整えて置き直したりするとする。だが、それは単なる社交上のちょっとした礼儀の一部であり、それは誰もがやっているごく普通の習慣である。それは別に特別、あなたが他人に親切を与えた証にすらならないのである。

あなたが人々とお付き合いをする時、あなたは人々に親しげに話しかけるかもしれない。だが、あなたはその人々に自分の話、それも自分のどうでもいい自慢話しかしない。あなたは自分の自慢話が他人の役に立つだろうと考えているが、あなたの自慢話は大抵くだらない事を述べているだけだ。それはただの迷惑である。

こんな事を大真面目に”素晴らしい宗教の教えなんだ”と考えている人々が居るとすれば、そんな人々は一体どんなくだらない国に住む人々なのであろうか。内容が何も無い国、教養も芸術も高度な文明も本質的な礼儀ですらも何も無い、そんな空虚すぎる国家…

おすすめ

なんでそうなるの🐣

白菜確かに美味しいよね…🐥

元夫は発達障害。それもかなりの発達障害。
先日、日曜日の夕食に何を作ろうかと考えていなかった私。少し疲れていて、できれば何もしたくないので簡単に夕食を済ませようと思っていた所、元夫が厨房に出てきた。
“白菜で何か作りたい”
と、元夫は言った。彼は冷蔵庫から白菜を取り出して、それを不器用な手つきで刻み始めた。
元夫は白菜を刻んでボールに入れたものに塩を少々混ぜて、さらに胡麻油も大さじ1ほど混ぜた。それから元夫はパスタの袋を取り出し、ひと掴みやや多めぐらいのパスタの束を用意した。
元夫はボールに入った白菜を深鍋に移し、火をかける。そしてしばらくしてから半分に折ったパスタと水を入れて煮始めた。
“白だしってあるかな”
元夫は私にそう尋ねたが、私は”白だしは無い”と答えた。私は元夫に”コンソメを入れたらどうか”と提案した。元夫はコンソメを棚から探して出した。が、元夫はそのコンソメを鍋に入れようとしない。
“早く入れないと味がつかないよ”
と、私は元夫に言った。元夫は面倒くさそうな顔をして”いちいちうるさいよ”と言った。その後、元夫はにんにくチューブもテーブルに置いたままでなかなか鍋に入れようとしなかった。
その後、数分ぐらいして、元夫の作った”白菜とパスタのぐだ煮”が出来上がった。

元夫:味見してみる?遠慮しなくていいよ。
私:味見はするけど、私はそれを食べないよ。不味そうだから。

私は元夫の作った白菜パスタをひと口食べた。
パスタはお湯で茹でた味しかしない。白菜には薄い塩味と微かな胡麻油の風味だけがついていた。
どうやら、元夫はその白菜パスタに結局、コンソメもにんにくチューブも入れなかったようである。しかも、一つの鍋でパスタと白菜を同時に調理したので、パスタはぽそぽそで弾力もほとんど無く、口に入れるとそれは、くたびれ切ったぼあぼあの安い中華麺みたいな食感だった…

私は、元夫が何故、白菜だけを使って何かを調理しようとしたのかを知っている。
元夫は私が普段から作っている八宝菜や白菜と肉の炒め物、さらに白菜と塩昆布の浅漬けなどを食べているが、彼はその料理に白菜が使われている事とその料理の味についての関係を誤解していたのだ。
つまり彼は、白菜自体に料理の主要となる味があらかじめ存在しているものだと誤解したのである。
大抵の人がよく知っている様に、白菜自体の味は淡白で、他の野菜に比べると味があまり無い。まあ、白菜独特の薄い風味はあるが。
そんな白菜について、八宝菜や白菜の浅漬けについているような味があらかじめ白菜に存在するだなどと考えていた元夫。彼は一体何歳なのだろうか。どう考えても彼のその発想は小学生低学年そのものである…

おすすめ

藤原宮跡の写真に異変が

私はついさっき、自分の過去のブログを閲覧していて、ちょうど藤原宮跡の写真ブログを見ていた。すると、なんだか様子がおかしいのだ。コスモスの花を撮影した写真をブログに掲載したのだが、その掲載した写真のコスモスのほとんどが萎びているのだ。しかも、コスモスの花のサイズ自体も縮んでいる。私が撮影した当時、コスモスは最盛期で花も元気に大きく咲き、花弁も瑞々しく張り切っていた。私の撮影した写真は今ブログに載っているような貧弱な写真では無かったのである。それは確実に。ワードプレスにアップロードしてブログ掲載するだけで自分の写真を醜く加工されてしまうというのなら、今後ワードプレスには写真ブログを掲載するのを止めるという方法しか取りようがない。自分の財産である思い出の写真を汚く加工されるぐらいなら、いっそ写真をワードプレスに出さない方がマシだと痛感した次第である。

おすすめ

決めつければそうなってくれるだなんて誰も言っていないのに

ケッ、ちょっと出来るくらいでいい気になりやがって(嫉妬ですな🐤)

子供達が公園でお友達と遊んでいて、例えばある子供がボールの扱いが上手で他の子供達より良いプレーをしたとする。すると、その子供以外の他の子供達は次第に不機嫌になり、その子供にボールを渡そうとしなくなる。その子供はしきりに他の子供達のプレーのフォローに回り、ボールのパスを待つが、その子供にはもうボールは一切渡される事は無かった。
そして、やがて彼らはボール遊びを止めて、公園を後にする。良いプレーをした子供はいつの間にか仲間はずれになっており、他の子供達が歩く後をとぼとぼと付いて歩く。そして前を歩く他の子供達は口々に、”あいつバカじゃねえの。1人ではしゃいでみっともねえんだよ。ガキじゃあるまいし、幼稚園からやり直せよってなあ。俺、もうあいつと話さねえ。やだから。”などと言っている。要するに嫉妬である。
良いプレーをした子供は決してバカでは無いし、1人ではしゃいでいた訳でも無い。そもそも子供同士で遊んでいたのに、彼1人だけがガキな訳もないし、幼稚園児はボール遊びでファインプレーはしない。もうあいつと話さないというのはどういう事なのか。もしかしてファインプレーをした子供の事が気に入らないという事なのか。やだから、と言うが、他人がファインプレーをすると気に入らないなら、その子供達は世界全体を敵に回しても仕方ないのではないのか。世界にはその子供達より優れたプレイヤーが山ほど存在するのである…ファインプレーをした子供の事をバカだと決めつける他の子供達。そうやって決めつけたところで、他の子供達のプレーがマシになるという事は一切無いのである。

おすすめ

痛い妹🐤

🐥可愛や妹いもうと可愛い🐣

私の妹。ちょっと馬鹿。もしかしたら、ちょっとだけ馬鹿な訳では無く、だいぶ馬鹿。

彼女は親の知り合いが用意してくれたお見合いの席で、メニューの選択としてスパゲッティボンゴレを注文して下手くそな食べ方をするドジ。

またある時は、ホテルのステーキレストランで、ステーキを注文せずに”ステーキ弁当”を注文して、その弁当のちまちましたステーキのかけらやどうでもいいちまちました添え物お菜をちまちま食べる損な人間。

またある時は、ディズニーランドへ行って夕方4時に夕食を摂るために結構立派なレストランへ行き、だが”まだ時間早いから後にしよう”と言ってそのレストランを離れる。そして、夕方5時ごろそのレストランへ再びやって来て、並んでいる人々の列を見るや否や”並ぶの面倒くさいから他のレストランにしよう”と言ってその場を離れる。
その時、私も一緒に居たのだが、妹はあちこちの飲食店をふらふら探したが何処も並んでいるのを見て、結局、私と妹はファーストフードを売っているフードコートに行くしか無かった。
そして妹はそこでもやってくれた。妹はファーストフード店でさえ、何を注文すればいいか判断できなかった。結局、妹は私がチョイスしたチーズバーガーとフレンチフライとチョコレートケーキを頼んで食べた。
その時の妹の発言:結構、美味しいじゃん。
私はその妹の発言を聞いた時、こう思った。”ああ、この妹は凄い馬鹿なんだな…”

まだある。
私と母と妹でホテルの飲食店へ行った時、よせばいいのに妹と母は、なんとホテルの寿司屋で食べようと言って、問答無用で寿司屋の暖簾をくぐった。私はホテルの寿司屋には何も期待できない事を直観的に知っていたので、がっかりして気落ちした。
そしてさらに、妹と母は寿司屋の入り口にあるメニューにべったりと張り付き、動こうとしない。
私は呆れた。小学生じゃあるまいし、飲食店の入り口のメニューを見て吟味しながらぺちゃくちゃ喋り続けるとは、どんな母と妹なのだろう。私は先導する店員の後について席に着いて、母と妹が来るのを待っていたが、だいぶ長い間、彼らはそうやって入り口のメニュー付近に張り付いていた…
そして案の定、そのホテルの寿司屋で出された寿司は、生温いネタの乗った生温いシャリのヘタレ寿司だったのである。

おすすめ

美味いラーメン

深い味わいなのにあっさりとした透明な出汁…🐣

私が小学生の頃、近所のラーメン屋の娘と少しの間、友人関係を持った事があった。当時、何かと寡黙で人間関係に不器用だった私に対して、なにくれとなく親しげに接してくれたその彼女。私は当時、やっと私にも友人と呼べる人物ができた事を喜び安堵していた。だが、そんな日々も長続きはしなかったのである。

そのラーメン屋は近所でも美味いと評判の店だった。そして近々、そのラーメン屋はおそらく、店舗を増やす予定だったに違いない。私はそのラーメン屋の五目ラーメンを食べた事がある。遊びに行ったついでに、そこの奥さんが幼い私にラーメンをご馳走してくれたのである。
そのラーメンは、どこの店でも食べたことが無い味がした。透明な鶏ガラと野菜の出汁。野卑な香辛料の香りなどしない。もちろんスープは透明で、あっさりとした風味と深いコク。香りよく軽く炒めた五目野菜と共に茹でたうずら卵が添えてあった。

そしてある日、その友人の父親、つまりラーメン屋の店主は急に亡くなった。それは、私と友人が仲良くなってから数ヶ月ぐらい経過した後の事だった。最後に彼女を見た時、彼女は泣いていた。私は大して慰めの言葉もかけられず、泣いている彼女をただ見送るしか無かった…
程なくして、その一家はラーメン店を畳んで遠くへ引っ越していった。

ラーメン屋の起業と経営は難しい。何故かというと、美味いラーメン屋は必ず誰かに嫉妬されるからである。経営が上手くいっているラーメン屋に対して、そのライバル店が営業妨害をしたり潰そうと画策したりする事はよくある事。おそらく、美味いラーメン屋の店主である私の友人の父親が、彼のラーメン店を好ましく思わない輩によって殺された可能性も否めないのである…

おすすめ

いつまでも夢(自分だけ)を見ていたい…

聞き間違えたとか、そんなんじゃ無くて完全に話の内容を誤解する人はアカン🐤

あなたの知り合いにこんな人は居ないだろうか。
その人は決して頭脳が劣ってはいない。その人は学生時代には勉強の成績も良くて全くそつのない性質の人だった。だが、その人はとても頑固で他人の意見を全く聞き入れない人であった。そしてその人はやがて歳を取り、年齢が高くなるにつれ、ますます他人の話をほとんど聞かない変な人になっていったのである。
誰かが聞いたところによると、その人はほとんどネットニュースなどを見ないらしい。その人はテレビのニュースをちょっと見て、それで世間を全部知ったように思い込む。さらに、その人は読書をほとんどしない。しかもその人は学生時代以降、何も自力の努力が必要な仕事や勉強をしていないのである。その人は文章になったネットニュースを見ることを厭い、また他人の書いた文章を読むことを嫌がり、さらにまとまった文章の載っている雑誌や本を読むことをしなかった。それだけで無く、その人は他人の話や他人から来る情報を全く顧みず、ほとんど他人の話を記憶しない困った人であった。
そう、この人は学生時代以降、完全に文盲のような生活しかしていなかった偏屈者なのである。
この人は人間社会において、他人と正常なコミュニケーションを取ることが出来ず、あらゆるシチュエーションにおいて何らかの失敗をする可哀想な人であった。
あなたが他人の話を聞かない性格だったり、ネットの情報すら拾わない愚かな子供のような知性しか持たない頭脳の持ち主だったり、読書の習慣が全く無い知的訓練のままならないバカな大人だったりする事は、あなたの人生が恥をかくという事に慣れなければならない事を意味する。
若い人は学校の勉強に追われて読書する暇も無いかもしれないが、勉強をしっかりやるという事は読書を容易にする為の頭脳訓練をするのと同じ。あなたが勉強をサボらずにやり続け、さらに読書を重ねる事により、あなたの頭脳は明晰になり、それはあなたのこれからの人生をあらゆる意味で利する事に貢献するのである。

おすすめ

ジャマー販売サイトはすぐ見つかる🐣

ジャミングしようぜ(誰やねん🐥)

インターネット。そしてwifi。
元夫の父親は電気機器や電気配線の工事会社の社長(自営業)。ある日、元夫の父親は自宅にインターネット配線を整備し、さっそくwifiを飛ばした。元夫の父親はご機嫌で自分のパソコンを操っていたが、その後2、3日経つと何故かwifiの速度が遅くなった。元夫の父親はそれを訝しみながらも、その時はあまり気にしなかった。だが、日にちが経つにつれ、wifiの速度はどんどん遅くなり、パソコンの動作も酷く重くなっていった…そこで元夫の父親は気づいた。どうやらwifi電波を盗んでいる奴がいるらしい。
元夫の父親はwifiのパスワードを変えることを思いついた。そしてその直後、元夫の父親のパソコンは、wifi電波の受信をする事までもが不可能になったのである。元夫の父親はすぐに気づいた。これは誰かがwifi電波を盗むだけでなく、その盗んだwifi電波をもっとスムースな速度で使用するために、wifiの持ち主のwifi受信を妨害する電波を出す機器を使用しているのだ、と元夫の父親は悟ったのである。元夫の父親は急いでwifiのパスワードをもっと複雑で解析しにくいものに変えた。すると、元夫の父親のパソコンはすぐwifiを受信し始めて、wifi速度も元のように早くなったのである。
誰かのwifi電波受信を妨害する電波を出す機器の名はジャマー。wifi電波受信をジャミング(妨害)するからジャマー。それはネットで検索すれば案外容易に検出されるワードなのだ。この機器を買うためには、国家資格である無線通信の資格が必要である。だが、その資格を所持している人の家族なら、結構容易にジャマーを手に入れる事が出来るだろう。
誰が仕掛けたか分からないwifi電波窃盗とwifi電波受信妨害。だが、やったのは元夫の父親の隣や近所に住むアパートの住人である事には間違いが無いのである…

おすすめ

砂糖と煮物の関係

紛らわしい色と形状のせいで諍いのケリはつかず…🐣

ラカント、という人工甘味料をあなたは知っているだろうか?このラカントについて、私の実家で昔起きた事件を取り上げる事にする。

ある日、母は煮物を作り、出来上がるといつものように煮物を味見したのである。すると、何故かその煮物は甘味やそれに付随した旨味がかなり薄くて、まるで砂糖をほとんど入れていないかのような味だった。だが、煮物の周囲にある汁には甘味がついている。母は”なんかおかしすぎる。絶対、何か理由があるはずだ。砂糖が煮物に浸透していないという事は、砂糖自体に問題があるのだろう。”と考えて、三温糖が入った砂糖壺からひとつまみ砂糖を取り出して舐めた。すると、その砂糖はなんだか曖昧な甘味がして、まるで砂糖が薄まったような味だったのである。
母はすぐに、”これは三温糖をラカントに入れ替えて砂糖壺に入れたんだわ。お父さんったらまた余計な事をして…‼️”と、三温糖に起きたすり替え事件に気づき、その夜、父を糾弾したのだが。
なにしろラカントは三温糖と似た色と形状をしているので、母は父に対して確たる証拠というものを提示する事が不可能だった。しかし母は生来、味覚が敏感なタチなので、三温糖をラカントとすり替えたのは確実だと確信していた。しかも、現物証拠として砂糖の味の浸透していないラカント煮物が現実に存在するのである。母は激しく父に怒りをぶつけ、2人は喧嘩になった…

事実として、父はその頃、体についた余分な贅肉について悩んでいた。そして父は、その贅肉の原因は三温糖などの砂糖ではないかと考え、家庭の砂糖壺の中身を密かにラカントに入れ替えたのであった…

ラカントは人工甘味料。砂糖とは組成も材料も全く違う、砂糖とはかけ離れたただの甘い味のする粉。砂糖が煮物に与える素材に対する質的変化のような、料理に欠かせない化学反応はラカントには全く期待できない。あなたがラカントを使いたいなら、とりあえず料理に使うことは全くお勧めできない。ラカントを使うと、あなたの料理には甘味に伴う旨味が全くついていないのに、料理の周囲の汁にだけ甘味がついている変なものが出来上がる。
そんな、私の母を激怒させたラカントの話。その後、母は茶褐色の三温糖を台所から排除し、ラカントとすり替える事が不可能な”白い色をした上白糖”を台所の砂糖壺に入れて据えたのである…。

おすすめ

健全な批判精神を持つということ

曖昧な口実や言い訳や愚痴や文句を言う人々には気をつけるべきである(絶対何かを誤魔化そうとしているから🐤)

あなたの仕事が正当に評価されるか否か、それは社会が健全な批判機能を持っているか否かに依存している。社会全体が健全であるならば、あなたに対する社会からの評価は結局のところ、正当なものであると言える。
あなたが例えば社会に対して”真実と善と勤勉と富と美と知性”を促すような内容の仕事をしていたとする。それが確実ならば、あなたは自分の仕事を恥じる必要は無く、例え愚かな人々があなたを批判しても全く気にする必要も無いのだ。
だが、あなたが社会に対して”誤魔化しと嘘と悪習と怠惰と貧乏奨励と醜さとくだらなさ”を助長するような内容の仕事をしているなら、あなたは当然の如く社会から厳しい批判を受けるだろう。それは明白な神の天秤であり、この世界が神に創られたものである限り覆ることは無いのである。

おすすめ

味蕾破壊的料理

味噌汁用の高級出汁パックは味噌汁以外にはほとんど使えません🐤

幼い頃から食べてきた料理の味、それはあなたの味覚を支配する経験的な記憶。何故、私がこんな事を書くのかというと、元夫の育った環境がかなりおかしいという事に基づいているのである。

元夫は自営業を営む父親に育てられた1人息子。彼と結婚して後、だいぶ経ってから判明した事だが、彼は舌も鼻も鈍い。彼はかなり強い匂いしか判別できないし、繊細な料理の味などまるで判断できない。それを確実に理解したのは、私が元夫の父親の料理を食べて、それを元夫が”どう?とても美味しいでしょう?”と自慢げに言った時である。
元夫の父親の料理は大根の煮物だったが、その大根は皮も剥いていないし、使用した出汁は”味噌汁用”の値段の高めな出汁パックだし、しかも砂糖も味醂も入っていなくで醤油だけの味付けだったのである。はっきり言うが、そんなものは煮物ですら無い。これはただの味噌汁の出汁で皮を剥かない大根を醤油を入れて煮ただけの変なものである。聞けば、元夫の父親は、料理の味付けはほとんど醤油と塩と出汁だけだという。それはしょっぱいだけのものしか出来上がらないだろう…。
そんな元夫について、彼の味覚が鈍い理由として、おそらく、彼の父親の醤油料理が彼の味蕾を鈍らせてしまったのではないかという当然の憶測が出るのである。

そういえば、まだ、元夫の父親についてこんな思い出がある。私が安くて上質なかぼちゃを買い、砂糖と少量の醤油と少量の味醂でこっくりとほっくほくになるようにかぼちゃの煮付けを作って元夫の父親に食べさせた事がある。私がかぼちゃを切って料理を作り始めると、元夫の父親は”煮た後まだ硬かったら電子レンジでチンすれば良い”などと言っていた。別にそんな事をしなくても、私はかぼちゃを美味しく煮る事ができるのである…程なくして、私はかぼちゃの煮付けを中火の強火で煮あげてフィニッシュを決めて、それを器に入れて食卓に乗せた。
元夫の父親は”どうかな?美味いかな…?”と言ったかどうだか忘れたが、そのような様子で私の煮たかぼちゃを箸でとり口に入れた。元夫の父親はかぼちゃを食べて、急に深妙な顔つきになり、半ば唖然として二つめのかぼちゃを口に入れて食べ、さらに三つめのかぼちゃを食べて、それ以降狼狽えたような顔でロクに食事も取らなかった。

ちなみに、私が元夫に新婚当初、初めてかぼちゃの煮付けを作って食べさせた時、元夫は顔をほころばせて笑い”これ、美味い‼️”とはっきり言った。そうであろう、このかぼちゃの煮付けの作り方は母に教わったものなのである。
元夫は今だに私の美味しい料理を食べながらも、時折不安になって”この料理美味しいけど、本当にこの料理美味しいのか?俺は騙されてるのではないのか?”と、悩んでいる。ろくでもない親の料理を食べ続けて育つと、その子供の味蕾がどこか変になるのだろうな、と、はっきりと思う今日この頃であった…

おすすめ

わざとやでそれは

プールで釣りをする女は多数居ると思って間違いは無い…

夏になるとプール、海そしてウォータースライダー。
これは何を意味するかというと、欲望まみれの女がそれをいかに利用してターゲットの男を陥すかというイベント設定場。
彼女は忙しい職場で毎日働くワーキングウーマン。彼女はいつも仕事で忙しく、ボーイフレンドと遊ぶ時の場所を、わざわざ職場の近くの喫茶店や公園や遊戯場などに選ぶ慎重派。彼女はしばしばデート中に職場から呼び出されてそのまま仕事場に駆けつける。
そんなある日、彼女は有名な地域の海岸近くにある大きなプール施設のチケットを手に入れた。彼女は遠慮がちに、ボーイフレンドに対してこう言いながらプール施設のチケットを手渡した。
“これ、プールのチケットなんだけど。私は忙しくて一緒に行けないかもしれないから、あなたとあなたの友達が一緒に行けばいいと思うの。あなたがいつも私と遊んでくれるから、これはお礼よ。遠慮なく受け取ってほしいの…”
ボーイフレンドは彼女からチケットを受け取るが、彼は友人などとはプール施設へ行く機会も意思も無い。何故なら、男同士でプールに行っても、目の前に居るのも横に居るのも背後に居るのも男友達。そんな悲惨な男まみれの夏なんて虚しいだけである。そして彼は彼女に”できれば君と一緒に行きたい。どうにか都合をつけられないか?”と懇願する。
それこそ彼女の狙い目、まさに餌に引っかかった鯛を一気に引き上げるタイミングである。
彼女は”う〜ん、なんとか都合がつくように仕事のスケジュールを調整してみるけど、駄目だったらごめんね。一応、上司とか同僚とかに当たってみる。”
そうして、彼女はもう忙しいフリをしなくても、彼が彼女に引き寄せられる事を確信して、別に忙しくも無いスケジュール帳にプール施設へ行く日付けを書き記すのである。

後日、2人は晴れて大型プール施設へ一緒に行く約束を取り付けたのであった。
プール施設行き当日、2人は電車に乗り、バスに乗り、ひしひしと太陽の光と熱が降り注ぐ中、ようやく大型プール施設へと辿り着く。
彼女はプールではしゃぎ、彼はそれを眩しいものでも見るような瞳で仰ぎ見る。しばらくすると、彼女は、”ウォータースライダーに乗りたい‼️昔からずっとこれをやってみたかったんだ…‼️”と言って彼をウォータースライダーのある場所まで引っ張って行った。彼は半ば照れながらもおとなしく彼女に引っ張られていった。
そしてまず、彼が最初にウォータースライダーに乗り込み、勢いよく滑り落ちていった。彼はウォータースライダーを降りた地点から少し離れた場所のプールの中で彼女が滑り落ちてくるのを待った。彼は防水スマホのカメラを構えて彼女が滑り落ちてくる瞬間を捉えようとしていた。
その時、彼女が滑り落ちてきたが、なんと彼女のビキニの上部はウォータースライダーの何処かの地点で脱げ落ちてしまっていたのだった。彼は慌てて彼女の上半身を庇い、2人はぎこちない足取りであちこちのプールの水中を中継しつつ、更衣室へと逃げて行った…。
これが単なる事故だと考える人は、女の狡猾さに気づかない鈍感で間抜けな男だと言えるだろう。
実は、彼女はわざとウォータースライダーの途中でビキニのブラを外してさりげなく投げ捨てたのである。それもこれも、彼との甘い夜の為のホテル予約サイトにお世話になる為の策略。
プールでの偶発事故を擬装してブラを外し、彼のハートを釘付けにする事にまんまと成功した彼女。もう2人の間の距離を気にする必要も無く、彼女は彼に甘える事ができるというもの。こんなある意味ベタな釣りは、実は珍しくも無い事なのである。しかし自分のブラを外して上半身を露出しそれを釣り針にするとは、まさに欲望まみれの女の考えること。さすがとしか言いようが無い。そしてその後、彼女は彼との婚約までをも取り付ける事に成功するのであった…

おすすめ

ポージングウーマン

ふっ、私達ってカッコいい悪女(ただ群れてポージングしてるだけですな🐤)

あなたの職場にこんな女性達は居ないだろうか。
その女性達は仕事をとても雑にしかやらない。そしてその女性達は他人のペットボトル飲料をしばしば盗む。さらにその女性達はその会社の経営者の知り合いの親戚の娘達であり、彼らはコネだけで職を得たいわば戦力外の数合わせ人員である。

そんな彼らは大抵、若い男や魅力的な男性に全く相手にされない、いわばがっかりさせられる女達。しかも彼らは腹や二の腕や胴や太腿に贅肉がたぷたぷと付いているかなりの小デブ。
そんな彼らは、自分達が気に入らない事件が起こるとすぐ怒り出す。例えば、ある美人の女性職員が周囲から好かれているとか、または彼らの就業態度が悪すぎて上司に叱られるとか、あるいは彼らのお気に入りの男性職員が彼らの思い通りに操られてくれないとか。
そんな類いの様々な事件は彼らの怒りを誘発し、その結果彼らは職場の片隅に集まって陣取り、斜め横を睨みながら立ち、腕を腰に当てたり組んだりしてポーズを取って”私たちに逆らうと酷い目に遭わせるわよ‼️”といった雰囲気を出すのである。さらに彼らは”ムカつくんだよ”とか”舐めてんじゃねーぞブス”とか”邪魔なんだよ”とか”お前なんか嫌われてんだよ”などという小さめな声での脅し文句をブツブツ呟くのである。
それは汚い小デブ。言っている事もやっている事も汚い。そもそも会社に来る意味も無いほど、仕事すらロクにやらない。コネバイト、コネ入社、コネパート。別にコネ自体が悪いわけでも無いのに、彼らを見ているとコネが嫌になるのである…

おすすめ

生まれも育ちもほとんど悪魔のような子供とは

無言で無邪気を装う子供が多すぎるし🐤

例えばあなたの友人の子供が、しょっちゅうあなたの子供の持ち物を奪ったり盗んだりするだけで無く、積極的にあなたの子供に対して意地悪を仕掛けるような子供だったとする。
そんな時、おそらくあなたは友人の子供に対して強く戒める事が出来ないでいるだろう。何故なら、下手に他人の子供を叱ったり罰を与えたりすると、その子供の親がその一部始終を見たり聞いたり子供から説明を聞いたりした場合、それを一種の犯罪として警察に届け出するような事態になってしまう可能性があるからである。
一体どちらが悪いのか。それは悪い子供の親にしてみれば、自分の都合の悪い事は全て隠した上で、実際に子供が受けた他者からの罰自体をクローズアップして大袈裟に警察に届け出することで何らかの自分の利益を図りたいと考えるのは当然(?)の事なのかもしれない。

そんなあなたの友人の子供だが、大人がその友人の子供の悪い言動を注意したり咎めたりしないでいると、ますます調子に乗って頻繁に悪い事をし始める。誰かが時折、その友人の子供に対して”それはやってはいけない事だ。止めなさい。”と穏やかに注意するが、友人の子供はその時だけ悪い事を止めて、しばらくするとまた同じように悪い事をする。そんな事を数回ぐらい繰り返して、そのうち友人の子供は誰に何を言われても構わずに悪い事をやり続けるようになるのである。
だが、友人の子供の悪さはそれだけに留まらない。ある日、ついに友人の子供は地元の偉い人の前で悪い事をしてしまい、大人にキツく叱られてしまう。だが、友人の子供はわざと天真爛漫な子供を装い、大人の怒りをのらくらと躱すような顔と態度でその場をやり過ごす。そしてその次に友人の子供がやる事とは、自分の悪い悪戯をちまちまと小出しにしつつ、なるべく継続的にだらだらと悪い事をし続けようとする事なのである。彼がそれをやる理由、それは、継続的に悪い事をし続ける事で、その行為を徐々に周囲に慣れさせ容認させる事により、最終的には彼がどんな悪い事をしても周囲の人々がそれを止めないように彼らの道徳心を”慣性の法則で麻痺させる”という狙いがあるためである。あまりにも狡猾、そしてあまりにも邪悪な子供の発想。子供の悪い悪戯に対してそれを咎めたり叱ったり罰を与えたりしないでいるという事は、子供を生来の悪魔のように育てるという事と同様なのである…

親しき仲にも礼儀あり

なんで他人にもてなされるのを当然だと思うのか🐤

あなたの友人関係はどんなものか。
あなたには友人は沢山居るのだろうか。あなたは友人が少ない方なのか。どちらにしろ、友人関係が上手くいくか否かは友人の数には左右されない。
所謂、悪友ばかり持っている人々というものがある。群れては他人に迷惑ばかりかける友人がいくら居たところで何の自慢にもならない。あなたが友人関係を良好に保ち気持ち良く人生を生きる為には、あなたは自分の友人をよくよく選んで、”物騒な武器や鈍器を持った芋丸出しのど田舎者”を絶対に避ける必要があるのだ。そうしないと、あなたの生活はたちまち悪友達に荒らされて、あなたの人生は、あらぬ荒野の果てのサボテンと葉の縁の鋭いガサガサ植物しか生えない世界にしか生きることが出来なくなる。

ところで、あなたは他人の家に遊びにいく時、どんな態度でその家と住人に接しているのだろうか。
あなたは菓子折りを片手に持ち、身体を清潔にして、ラフでもきちんとした服装を着て、極めて礼儀正しい態度でその家の住人に挨拶したり接したりするだろう。そうでなければ、その家の住人はあなたの事を”不潔でセンスが悪くてガサツなバカ野郎”だと判断するのも無理はない。あなたのお邪魔する家は他人の家。そこはあなたの家では無いのである。

あなたの友人関係とあなたの人間関係、それはあなたが”他人”と接するという問題を常識的にどう片付けるかという事に依存する。あなたが他人に対して常に、無礼でぞんざいで横暴で威丈高に接するという事は、あなたの人間関係は最初から破綻しているという事を意味するのである。

デオドラントとは無縁な生活を送る人々

🐥デーオーデエエオー🎶🐣

去年の夏のこと。
私は近所のコンビニへ行くためにシャワーを浴びて体を清潔にし、服装を整えて移動距離にして徒歩20分の場所へと向かった。そして私は信号の前で立ち止まり、横断歩道の前で朝の太陽の下、じっと信号が変わるのを待っていたのである。
その時、不意に何故か前方から異様な臭い匂いが漂ってきた。前を見ると、そこには30代後半から50代ぐらいの女性が4人、やはり信号待ちをして立ち止まっていたのだが。臭い。ぷ〜んと漂う汗の臭さと、生乾きか洗っていないかどちらかのような汚い衣類の臭いがそこには充満していた。朝の9時前後、コンビニ付近の交差点、暑い日差しの中での臭さ臭さ…そこは地獄。朝っぱらからロクな事がないと気落ちした私は、臭さ臭さ前方になす術もなく立ち尽くしていた…

ところで、彼女達は毎日、きちんとシャワーや風呂を浴びているのだろうか。あなたが毎日、シャワーや風呂で体を清潔にしているなら、だいぶ距離が離れた場所まであなたの汗臭さや体の汚れ臭さは漂う事は無いのだ。
そして、彼女達の臭いの感じからすると、彼女達は明らかに2日以上シャワーも風呂も浴びていない。おまけにおそらく彼女達は部屋のクーラーも点けずに扇風機の緩い風の中で汗みどろになって座っているのではないだろうか。そんな無茶苦茶な夏の不潔な生活をしていて、朝出かける時にシャワーすら浴びないとはどういう事なのか。節約するにしても、節約のポイントが明らかに違う。節約するべきは、あなたの娯楽や飲食や飲酒に対する節約であるべきではないのか。好きな事をし放題やって、あとはお金がもったいないから水道代やガス代やクーラー代をケチるとか、まるで不潔な小学生の発想である。これらの事を鑑みると、日本の女性の美意識や価値観はかなり歪で汚いものだとしか言いようが無いのである…

天才には敵わない

そもそもスタート地点から何もかも違う…🐤

私の母親。
彼女は若い頃、田村魚菜のお料理教室に通い、そこで先生に”筋が良い”と褒められ、同期の生徒達には”宮﨑さんはお料理上手”と認識されていた、いわば優等生。宮﨑という姓は母親が結婚してからの姓で父親の姓。だが、母親は旧姓の”名取”の時にお料理教室に通っていたのか、はたまた宮﨑の時に通っていたのかは曖昧である。当時の田村魚菜のお料理教室には、入門する時に選抜テストが実施されており、それに合格しなければお料理教室には入れなかったのである。

私の昔の記憶による母親の話、それは彼女がずば抜けて料理が上手であり、子供達はそれこそ値段の高いレストランや料理屋で食べるレベルの味の母親の作った料理をほぼ毎日、食べていたというもの。だが、別にそれは高級食材を使った高級料理では無い。母親の作っていた料理はごく普通の家庭料理。だが、その家庭料理の味のレベルがとても高いのである。
母親は料理のレシピ本を大切に所持していた。だが、母親はそのレシピ本に載っている分量をだいたい踏襲し、あとは自分の目分量と舌の感覚で味付けを完成させる。
魚の煮付け、これなどはほとんど母親の舌の感覚だけで味付けされていたが、まるで高級な料理屋で出されるような見事な味付けの煮魚が出来上がる。正月の関東風お雑煮、これも全て母親の舌の感覚だけで味付けされるが、その味は絶品である。母親に肉じゃがを作らせれば、その肉じゃがはじゃがいもがつやつやしていて、ほっくりねっとりとした食感、そして味はやはり絶品なのである。

母親は毎日、様々な料理を作り、それを惜しげもなく子供達や夫に食べさせていた。今でも思い出すのは、母親の作ったエビや鶏肉の入ったピラフ。極上の炊いた米の食感、米に染みたエビや鶏肉や野菜やスープの出汁の味、少しもベトベトしないピラフの炊き上がり、沢山食べても全く飽きのこない味付け。私が現在、それを再現しようとしても、それはほとんど無理なのである。
母親の凄いところは、日常的に作られる料理をレシピ踏襲だけでなく、彼女自身の工夫や経験や天性の優れた味覚によって創り上げているというもの。これは誰にも真似は出来ない、母親の天性の才能から来る特殊技能なのである。私は子供の頃や若い頃は”母親の凄さ”に全く気付かなかった。今なら判るが、母親はほとんど天才だったのであろう。今、私が母親の真似をして母親の料理を作ろうとしても上手くいかない。母親の料理の感覚は母親にしか分からないものなのである。

そんな事を言っていると嫌われるよ(実は嫉妬と羨望)

本当の事を言うと嫌われる社会とは何なのか?別に全部本当の事を言い尽くす必然性は無いにしても…🐤

あなたにもし、世間に対して何か明白な事実または真実を提示する機会があったとする。あなたは例えその明白な事実あるいは真実が世間に全面的に受け入れられる事が無くとも気にしない。何故かというと、あなたは、分かってもらえる人にはその事実や真実を分かってもらえるという事を知っているからだ。
だが、そんな時、あなたの友人または知人または兄妹などが、あなたにこんな事を言うかもしれないのだ。
“そんな事ばかり言っていると、そのうち皆んなに嫌われるよ”
だが、事実あるいは真実を述べて嫌われるという事はどういう事なのか。
世間に対して真実を提示して、そのせいで世間に嫌われるという事は、世間が”真実を嫌っている”という状況だという事ではないだろうか。だとしたら、世間というものは、神の意に反した悪魔的な世界だと言わざるを得ない。何故なら、神は嘘を嫌うからである。
そして、世間が神の意に反した悪魔的な世界だという事を踏まえて、あなたが世間に嫌われるというのなら、あなたは神に愛されているという根拠を与えられたと考えて間違い無いのだ。
あなたは嫌われてなどいない。あなたはむしろ、神に愛される恩恵を受けた幸運な人間なのである。あなたは世間に嫌われていると感じるかもしれないが、あなたの人生は神に守られるという特別な倖せに恵まれたものなのである…

体育会系な幼児

野郎ども、気合い入れていけよ‼️(ところで貴方ですかね…🐤)

祭りの時、大声を挙げてその場を仕切ろうとする街の不良。

食事の時、他人が少しでも食べ物をうっかり溢すと途端に不機嫌になり荒々しく咳払いをするが、その後自分も食べ物を溢すおっさん。

他人に合わせる事を至上の倫理だと誤解するあまり、くだらない人の説教にうんうん頷いてしまう何処かの父親。

挨拶すれば必ず人間関係が潤滑になると信じている若者とくたびれた大人。

ど下手な演奏しかしない学生の吹奏楽部の熱血授業風景を見て”うん、頑張ってやってるな。偉いなあの子達は。”とお門違いな評価をする自称知識人。

巷の安い新興宗教の教祖について、”この人はいい事を言っているから、一応神様の側の人間に違いない”という完全に錯誤した妄想を抱く老人。

これはみんなでやる事だから、それはやらなくちゃいけない事だよ、と言って、友人をくだらないイベントに付き合わせる困った愚か者。

“ちゃんと私の言うことを聞きなちゃい‼️でないと神様に怒られるのよ‼️”と、自分流儀の勝手なルールをお友達に押し付ける女の子。

そんな誰に教えられたか分からない奇妙な体育会系熱血ヘボ倫理観を持つ人々の群像…

それは意味のある事なの?

あなたには霊が憑いているから悪い事が起きるんです(胡散臭すぎる…🐤)

あなたが何かの選択に迷った時、あなたの周囲には様々な情報が集まってくる。それはあなたの迷いの念に引き寄せられた様々なエネルギー。あなたはネットを検索し、そこにたまたま載っている情報を読んで色々と考える。そこであなたが間違った情報を鵜呑みにしてしまえば、あなたは選択を誤って不幸へと転落していく。あなたの人生は割と、危険な選択違いという罠に満ちている。
ここであなたが選択を間違わないようにする方法は、あなた自身が賢くなる他はない。そして、あなたが調べた情報が正しいか間違っているかという判断は、多分、その情報が本当に役に立つものであるか、または全く役に立たないくだらない戯言のような情報であるかの判断によって成されるべきである。もちろん、くだらない情報から引き出される選択はくだらないものである。
端的に言って、知能が使われているか使われていないかによって、その情報の正負が決まる。
それはこの社会が高度な知性によって構築されているという事実によるものなのである。

一事が万事ということもある

風呂嫌いの言い訳は新興宗教の教祖にヨイショされる🐤

例えば。
あなたの友人はあまりお風呂やシャワーを使わない。あなたの友人はお風呂に入るのをなんとなく嫌がる。あなたの友人はシャワーをざんざん浴びると気分が悪くなるという理由でシャワーをなるべく浴びようとしない。あなたの友人は、面倒くさいからという理由でお風呂やシャワーを避ける。

そんな時、ある怪しげな新興宗教の教祖がこんな事を言うかもしれない。
“あなたがたは毎日お風呂やシャワーを浴びるが、果たしてあなたがたは心の掃除をしているのかどうか。あなたがたが毎日お風呂やシャワーを浴びながら、心は汚いままではないのか?そんな綺麗好きで体ばかり洗っているのに心の洗濯はお留守ではないのか?あなたがたの体が清潔でも心が不潔だという事に気づかないのか?”

この新興宗教の教祖は、おそらく風呂嫌いな上に、見かけが綺麗で美しい人に対しての深い嫉妬心を持っている。この教祖の言っている事は一見、もっともに見えるかもしれない。だが、結局のところ、自分の体を風呂やシャワーで綺麗に洗わない人というのは、自分の心も不潔にしている。何故なら、その人は不潔が大好きだから風呂やシャワーを浴びないからだ。あなたが不潔が大好きでお風呂やシャワーが嫌いなら、あなたは自分の心も綺麗に洗う事を嫌がるだろう。転じて、あなたが綺麗好きで毎日お風呂やシャワーを欠かさないならば、あなたの清潔好きな心はあなたの心を綺麗に洗わずにはいられない。要するに、頻繁にお風呂やシャワーを浴びる人というのは、心が清潔な人なのである。
結論として、似非宗教やカルトまがいの怪しげな新興宗教の教祖というものは、”人を騙せる何かを探して日々、屁理屈を紡ぎ出す作業に勤しむくだらない自己陶酔者”なのである…

ケーキで突進(追突事故必至🐤)

直進してくるおばはんを避けるには軽妙なステップを駆使して…🐤

先日、元夫と一緒に大阪の長居植物園へ撮影に行った。そして帰りにフードコートに寄り食事を済ませ、それから後、高島屋でケーキを買って帰途に着いた。どんなケーキを買ったのかというと、デメルのキルシュタルトである。一目で恋に落ちた私はすぐさま元夫を呼びつけて、デメルのキルシュタルトを買えと元夫に指示した。元夫は半笑いの体で仕方なく商品券を取り出してそれを買ったのである。

元夫はデメルのケーキの入った黒い手提げ袋を私に渡して持たせた。なんだ元夫が袋を持ってくれるんじゃ無いのか、と私は思ったが、私がケーキを欲しいと言ったのだから仕方ない。何となく不審に思ったが、私は黒いデメルの手提げ袋をしっかりと手に持って帰りの電車に乗った。

それから。生駒駅周辺を歩いていると、不意に私の周辺を歩いていたおばはんの持っている荷物が私の持っているデメルの黒い手提げ袋に擦って、デメルの袋は左右に揺れた。なんか変だな、いつもはそんな事起こらないのに、と私は思ったが、その時はさほど気にしなかった。生駒駅は混雑する事がほとんど無い半都会半田舎の駅である。歩行者同士の間隔は十分すぎる程、開いているのである。わざわざぶつかりに来る人など存在しないのが普通であった。
そして元夫と私は地元の家近辺に移動し、スーパーマーケットで買い物をしていた。すると、また不意にデメルの袋に誰かが荷物を擦っていった。またかと思いつつ、袋をしっかり持ち直して、元夫と一緒にスーパーで買った品物をレジ袋に詰めてその場を離れようとした。
その時、事件は起こった。なんと、前方に居たおばはんが真っ直ぐ私の方向へ突進するように歩いてきたのである。そのおばはんは何の迷いもなく、真っ直ぐに私の方向へつかつかと歩いてきたので、私はなんとか避けた…。事件はまだ終わらなかった。スーパーマーケットから出て、信号を見て、横断歩道を渡ろうと歩き出した私と元夫は、前方から真っ直ぐ私に向かって突進してくる年配のおばはんの姿を見た…そのおばはんは迷う事なく、私の正面からぶち当たる気満々でつかつか歩いてきたのである…私はそれをなんとか避けた…

分かっている。原因はデメルの黒い手提げ袋である。おばはんという種族は、意外とお菓子の会社の事をよく知っているのである。もちろん、私のデメルの袋を擦っていったおばはんも、私に突進してきたおばはんも、私の持っていた黒い袋がデメルのものだという事を知っていたのだ。もちろん彼らはわざと、私の持っているデメルの袋をどうにかして揺さぶろうとしていたのである。彼らの狙いは、他人の買った高級ケーキを、それが入っている袋を揺さぶる事によりなんとか台無しにしてやろうというもの。
おばはんの嫉妬と執念深さはその大胆な行動力に現れるものなのだと痛感する出来事であった…

共産主義者の創り出す罠

善人と悪人ではだいぶ違いがあるのは間違いの無い事実である🐥

あなたの隣人とあなたとの関係。
それは、あなたの隣人があなたとは違う人間だという認識が存在する事から始まる。
あなたが好きだと思う場所や事柄と、あなたの隣人が好む場所や事柄はほとんど違うのが当たり前である。何故なら、あなたとあなたの隣人は全く違う遺伝子を持った違う人間だからである。
ある日、あなたは自分に近しい、自分に類似した人間との関係を求めてSNSの世界を泳ぐ。そしてあなたはついに自分に似た人間を見つけたと思い、その人間関係に埋没するかもしれないが、それはあなたの錯覚である場合が多いのである。
あなたがSNSで見つけたあなたに類似した人間、それは、あなたと表面的な一部分だけが似ているというだけの人間なのである。あなたはその人間が一体どのような人生を経てそのような人間に成り得たかを全く知らない。そしてあなたはその人間が本当はどんな内容を持った性格の人間かという事を深く知らない。あなたが”自分に似た人間を見つけた。これで私の人生は救われた”などと日和見的な安堵感に浸っているうちに、その人間はもうあなたの事を密かに嫌い始めている。何故なら、あなたがその人間の事を分かっているような態度で図々しくその人間に接しているからなのである。
共産主義者とは得てして、他人と自分とを何ら変わらない生き物だと信じ込む事が多い。彼らは、自分と他人とが変わらないならば、善とか悪とかの分別でさえも錯覚か間違いでは無いのか、などという無理すぎる妄想をしがちである。
悪しき全体主義、悪しき平等、それは、各々の個性が存在する人間社会を無理矢理一律に平らな容器に押し込んで、“ほら、みんな一緒の生き物だから、全員同じように扱われるのが当然よ”と言っているのと同じである。冷静に考えてみれば、皆、容姿でさえ違う、頭脳の優劣も違う、才能の在処も違う、能力の力量も方向性も違う、人間としての徳性の優劣も違うのである。
あなたが、”たかが性格の表面的な部分だけが似通った”仲間達とだけ繋がっていれば大丈夫だ、と思っていても、そんなものは根本的な幻想でしか無いのである。
あなたを世界と結びつけ、世間と通じ合う事を可能にするのは、あなたがあなたと違う他人と”困難であっても心を通じ合わせる為のあらゆる努力を惜しまない”事が必要なのである。

ディテールが変われは違うことになるかもしれないし(そんな訳あるか💢)

“違います、それはマーブルチョコじゃありません‼️だってそのマーブルチョコはさっきと違う色でしょう⁉️(何も変わってないやろ…)

あなたの会社の新入社員。
新入社員は会社に入社してからというもの、失敗や間違いばかり起こす。それは仕方ない事である。愚かな新入社員は上司に怒られ、古株の同僚になじられ、取引先の人間に馬鹿にされる。すると新入社員はその私怨を晴らす為に、会社に置いてあるティーバッグを電子レンジで低温加熱するのである。
無論、そのティーバッグを使ったお茶は普段より一層味が濃くなり香ばしさも増幅されて味自体が変わってしまう。それに気づいた古株の同僚や上司は”ああ、また新入社員がティーバッグを電子レンジに突っ込んだ”と分かるのである。
その後、説教部屋に押し込まれた新入社員は上司にお説教される。新入社員はその場では”申し訳ありませんでした”と上司に謝る。だか、新入社員は決して反省しない。そしてその新入社員は、今度はティーバッグを電子レンジでチンする時間を巧妙に調整して、そのティーバッグで淹れたお茶の味と風味が”変わるか変わらないか微妙な加減”で電子レンジ加熱するのである。
その後、やはり上司は新入社員がまたティーバッグを電子レンジでチンした事に気づいて、再び新入社員は説教部屋行きになるのであった。
この会社の上司や古株の人間は、この会社で普段使用されているティーバッグで淹れたお茶の味と風味がどのようなものかを知りつくしている。それは長年、同じ会社に勤務していれば自然と解る事なのである。新入社員が如何に巧妙に細工してティーバッグを微妙な加減で電子レンジでチンしても、会社の上司や古株の人間にはすぐバレてしまう。しかも、そもそもやっている事がティーバッグを電子レンジでチン以外の事はしていない新入社員。これでそれがバレなかったらその会社の人間は全員間抜けだとしか言いようが無いのである…

単純すぎたらそうなるの🐣

マンゴーはアップルマンゴーしか食べないの。だって酸っぱいの苦手だから。酸っぱいマンゴーなんて不味いよね〜。(それは人によると思うけどね…)

きゅうりが好きできゅうりを美味しいと思う人々。彼らはある時、きゅうりが嫌いできゅうりを不味いと思う人々に出会った。すると彼らはこう言ってきゅうりが嫌いな人々を非難した。
“なんで〜?きゅうり美味しいやん。なんでこんな美味しい食べ物を不味いとか言うんやろな〜。あんたら性格捻くれすぎててわざときゅうり不味いとか言ってるんと違うか。それともあんたら舌がおかしいんか?”
世の中には様々な人間が存在する。
それらの人々はあなたとは体質も遺伝子も性格も違うのである。あなたがきゅうりを好きで、他の人がきゅうりを嫌いである事はごく自然な世界の摂理なのだ。世界に様々な種類の食べ物が溢れている理由、それは世界には膨大な種類の違った遺伝子を持つ人々が存在するという事なのである。

あなたがきゅうりを美味しいと思うから、他人もおそらくきゅうりを美味しいと思うだろうと考えるあなた。そんなあなたは多分、あなたしか存在しない狭い意識の世界で生きる孤独な愚か者なのである。

新鮮な気持ちで同じ事しかしない…

さあ、今日も元気に以前やった失敗と間違いと犯罪を繰り返すんや‼️(誰がそれを許可したんや…)

毎日、毎回、毎月、毎年、全くやっている事が変わらない人間というものが存在する。
彼らは日々、心を新たにして、気を引き締めて”同じ事”をする。
普通なら、毎日の仕事や生活は新たな発見と出来事の繰り返しであって、人間はそれにより徐々に年齢を経るごとに成長していくのが常である。
つまり、やっている事が過去からずっと変わらない人々というのは、本人の認識では”心を新たにして”毎日仕事や生活を営んでいるのだが、彼らの仕事や生活の内容は全く新たになってない。
卵から孵化し、幼虫になり、蛹になり、羽化して蝶になるはずの生き物が、何故かずっと幼虫のまま草を喰むだけの事をして生涯を終える。これは通常の生き物では無いだろうと普通なら考えるだろう。
だが、幼虫のままずっと生活している人々とは、その幼虫生活が普通なのだと誤解している場合が無きにしも非ず…

スピリチュアル試行錯誤バカ

知識を捨てなさい、論理を無視しなさい、あなたの感覚を大切にするんです(スピリチュアリスト談)

スピリチュアルに嵌る人々。
彼らの思考ベースには必ず”楽して悟りたい”という快楽主義が横たわっている。
彼らは極めて感覚的であり、”こう考えれば人生うまく行くはず”という曖昧すぎる、いわゆる偽宗教を創り出して他人に教示することを常としている。そして彼らの倫理観も曖昧すぎるものである。
例えば誰かが人々に悪い事をして悲劇が起こったとしても、彼らはその悲劇に対して”それは運命というもの。あなたがその運命を受け入れる事で犯罪者も幸せになる事が可能なのだ。あなた次第で世間は何も齟齬が無いように運営されるのだ。あなたが例え他人に悪い事をされてもそれをそのまま受け入れて他人を赦しなさい。”などという無茶苦茶な法律無視を被害者に押し付ける。
脳天気を通り越して酷い現実無視を平気で論じるスピリチュアリスト達。そして彼らは他人を批判する事を極度に恐れる。何故なら、彼ら自身が他人から厳しく批判される事をとても嫌がるからである。
さらに、彼らの知能は一般的に低い。それは、彼らが宗教を嫌う為、物事を論理的に分析理解する事を苦手としているからである。要するに彼らは、現実に対して何も努力しない方針で生きたいが為に、あらゆる言い訳をスピリチュアリズムに盛り込んで、彼らの生き方の幼稚さを誤魔化す事に専心しているのだ。
彼らはそれを一般人に見抜かれると、途端にステレオタイプの言葉だけの人間の偽の徳性を並べ立て、お前達はそれに違反しているダメな人間だと言い始める。例えば、慈悲心の無い人間だとか、寛容の美徳を持っていないとか、協調性の無い人間だとか、忍耐力に欠けるとか、妥協する事を知らない傲慢で我儘な人間だとか、優しい心を持たない人間だとか、地道な努力を尊ばない才能を鼻にかけた嫌味な人間だとか、すぐ批判ばかりする傲慢な人間だとか、みんなで仲良く楽しく生きる事を拒否する暗くて陰険な人間だとか。
要するに彼らは自分達を批判する人間は全員悪い人間だと言いたいが為に屁理屈を並べているだけなのである。

鳥いますよ。あすこに鳥、ほら見えますか鳥が…

鳥ババア参上…

元夫の父親はかつて、電気機器や電気配線の修理の専門職を営んでいた。それは自営業だった。元夫の父親は仕事が入ると割と何処へでも出かけていったらしい。そして、元夫の父親は昔、横浜に住んで自営業を営んでいた。

そんな元夫の父親の体験談。
元夫の父親が旅行がてらの仕事に出かけて、あちこちの観光地などを巡り歩くと、必ずといっていいほど、厚かましいおばはんに出会う。そして、その厚かましいおばはんは、大抵こんな事を元夫の父親に言うのだそうだ。
“今日はいいお天気ですね。ところで、ほら見て、あそこに鳥いるでしょう?鳥、見えますか?あんな所に鳥がいるわ。ほら、見えますか鳥。”

しかし、元夫の父親が目を凝らしても、そのおばはんの指差す場所には鳥は1匹も存在しない。
ちなみに、元夫の父親は普段から眼鏡をかけずに生活していた。元夫の父親は、その場所に鳥が居るか居ないかは、多分見ただけで判るのである…
鳥ババアとしか言いようがない厚かましいおばはん。そんなおばはん達が全国各地で元夫の父親を待ち構えていたのである。

それはただの言いがかり

比喩でも揶揄でも無い、ただの希望的観測的創作としてのイメージ…

あなたが仕事で何らかの失敗をして落ち込んでいたとしよう。
あなたは友人に仕事での失敗について説明し、あなたの心のダメージを少しでも軽減しようと友人に対して泣き言を言っていた。
すると、何故かあなたの友人はせせら笑い、こんな事をあなたに言って寄越した。
“マシュマロマンが泣き出しそうな顔をして自分の体のマシュマロをちぎって私にくれようとしてるのよね。マシュマロどうぞどうぞって。その上マシュマロマンはその後私に泣きついて、お前にあげたマシュマロ返せよって言うの。マシュマロマンって迷惑よね〜‼️”
あなたの友人はいきなり訳の分からない暗号文みたいな台詞をあなたに投げかけて得々としている。あなたは呆気に取られてただ友人のにやけ笑いの顔を見つめるだけであった…
あなたはただ、自分の失敗を友人に慰めてもらおうとしただけなのである。それなのに、あなたの友人はあなたをマシュマロマン扱いした挙句に”マシュマロマンの奇行”をあなたの姿だと無理矢理こじつけ揶揄をする事であなたを貶めたのである。
無理のありすぎる揶揄、そしてあなたはマシュマロマンのようなふくよかな太った体はしていない。あなたの体型は中肉中背。標準体型のあなたはマシュマロマンとは似ても似つかない。むしろあなたの友人の方が小太りでマシュマロマンに近いのである…

こんな人が居たらどうしよう

根掘り葉掘り他人の事情を掘り出した挙句有る事無い事言いふらす隣人…

あなたの隣の家に住んでいる人は他人の生活を覗き見するのが趣味。その人は今日も小窓から隣家のトイレの小さな窓を眺めて隣家の主婦のトイレ掃除の様子を伺う。その人を仮に”彼女”と言おう。彼女は熱心に隣家のトイレ小窓を覗いて主婦がトイレ掃除している時間をタイマーを片手に持って測っている。
“…今日のあの主婦のトイレ掃除時間は2分30秒。ちょっといつもより掃除時間が短いわ。あの主婦今日はトイレ掃除少しサボってるわな。もしかしたらそれはあの主婦の若年性認知症の前兆かもしれへん。これはご近所の人達にあの主婦の若年性認知症の兆候を知らせておくべきやな…あの主婦がいきなり暴れ始める可能性もあるやろし。”
あの主婦のいつものトイレ掃除時間は3分弱程度である。いつもの掃除時間とたった30秒しか違いが無い。
またある日、彼女はタイマー片手に隣家の主婦がトイレ掃除する時間を測る。
“ああ、あの主婦今日はトイレ掃除時間3分20秒やったわ。もしかしてトイレ酷く汚れてたんと違うか。危ないわ、あの主婦きっと精神病の兆候があるからトイレ汚く使ったんやわ。これはご近所の人達にあの主婦が精神病やって言っとかなあかんわ。あの主婦がいきなり変なことする可能性もあるやろし。”
あの主婦のいつものトイレ掃除時間は3分弱程度である。いつものトイレ掃除時間と20秒しか違わない。
たった数十秒、いつもとトイレ掃除時間が違うというだけで他人を若年性認知症や精神病だと決めつける彼女。どっちが若年性認知症あるいは精神病なのかわからない…

そもそも他人の話を聞いていない…

意図的な他人無視

ある日の昼、訪問してきたババアとの会話。
“この間話したように、こんな事が実際あったんですわ。前言ったように、これこれこういう事情でこうなってああなって…”
“ああ、そうですか‼️今初めて聞きましたわそんな話‼️”
この話はこの間話したと言っているのにこのババアは”今初めて聞いた話だ”と言ってのける。このババアは他人の話を聞いていないか意図的に他人の話を記憶しない。
“コーヒーをどうぞ。コーヒーは身体にいいですよ。あなたも普段からコーヒーを飲んでいると聞きましたが…”
“私、毎日コーヒー飲んでますわ。インスタントコーヒー毎日飲んでます。大丈夫ですコーヒー飲んでますから‼️”
全然大丈夫じゃ無い。はっきり言ってインスタントコーヒーは焙煎されたコーヒー豆を挽いた粉を熱湯で抽出した本物のコーヒーのような健康効果は無い。確かこのババアに以前そのような話をした筈なのに、ババアまた記憶せず。
人が話をする気力を失うババアの”他人の話を聞いていないか聞く気はまるで無い”性質。こんなババアとは絶対に話をしたく無い…

白井大町藤公園🐣

元夫と一緒に特急電車に乗り、1時間以上田舎の風景を眺めて田舎の駅に到着。バスに乗り、バスに乗り、バスに乗る(寄り道をしていた…)。

昔、元夫と来たことがあるこの場所。長い間思い出せなかったが入り口の情景とバス停留所から見える風景から昔の記憶が蘇った。昔の私は花にあまり興味が無かったように思う…

心の変容とは

他人の妄言を鵜呑みにするとあなたの人生は不幸まみれになるのである…

あなたが若い頃、あなたの周囲に居る様々な大人達にこんな事を言われたことは無いだろうか?

“あなたの境遇が例え不幸でも、考え方や視点を変えればあなたの世界は変わる。”

これは一見、もっともな説かもしれない。
だが、不幸な境遇がその人の考え方や視点を変えるだけで幸福になる訳が無いのだ。食べ物が無かったらひもじいし、お金が無かったら不潔で貧乏で不自由な生活をするしか無い。人間関係が上手くいかなかったら絶対に幸福にはなれないのだ。
そんな、”見方や考え方で世界があっという間に変わる”などという気休めか誤魔化しかでしか無いアドバイスを受けても誰も幸福にはならない。

実は、あなたの人生を幸福にするには、あなたの心が少なくとも”神の法則”に沿っている事が必要なのだ。
その神の法則とは:あなたが身近な人々に対して、なるべく親切にそして誠実に正直に接する事。あなたの身近な人々をあなたと同じ人間として尊重する事。あなたの両親に対して(これは色々な問題がある。義両親などが物凄く邪悪な性質である場合も無きにしも非ず。)”とりあえず”彼らを決して蔑ろにしない事。あなたの神の教えをあなたの人生の指標にする事。あなたがもし悪い事をしたら反省したり悔い改めをしたりして神や隣人に心から謝罪する事。嘘をついて他人を偽証しない事。他人のものを盗まない事。人を殺傷しない事。等々…

あなたがこれらの事をあなたの人生において実際に実践する時、あなたの人生は途端に開かれて徐々に幸福へ導かれていく。それはほとんど確実と言って良いほどあなたの幸福に貢献するであろう法則なのである…

🐥…疲れたの(痛いし…)

1ヶ月半前、私は(おそらく)右背中の疲労骨折により痛手を負った。背中が痛み右腕のあちこちに痛みが走り、通常の仕事をするのが苦痛極まりなくなってしまった。そして今もまだ痛い。しかし毎日の料理はなんとかやっつけなければアカンのである…

ほうれん草とベーコンと玉ねぎのオムレツ。味は薄め(私の好みは濃いめの味…)
オリーブオイルの値段が高騰とかバカすぎるとしか思えない(そもそもオリーブオイルの元値は安いはず)
鶏肉と舞茸とピーマンのカレー風炒め物。味は薄く無い…
豚肉と新じゃがいもの肉じゃが。新じゃがいもは若干水っぽくて味わいが薄い。
もちろん美味しく出来上がった…
きんぴらごぼう。牛蒡は昔から私の好物。
きゅうりと豚肉の炒め物。あっさりとしたきゅうりと濃いめの味の豚肉の調和…
鶏肉と茄子のカレー。カレー粉を使って作った本格派。昔の市販のカレールーは美味しかったが最近のは美味しく無い。
元夫はカレーは沢山食べる派…

長居植物園🐥

ネモフィラを見に行く為に元夫に”長居植物園へ行きたい、連れて行ってくれ”と頼む私。そして4月16日、私と元夫は大阪へ繰り出して長居植物園へ。長居植物園に到着する前にあった公園でコーヒーとホットドッグを購入しベンチで頬張る…この情景、いつか何処かで見たような…(そういえば昔、全く同じようにこの場所で2人でコーヒーとホットドッグを食べた記憶がある…)

🐥あの生き物は何?
🐥風は割と涼しめ
公園内の造形
2枚目
ネモフィラを求めてイライラする私とあちこち見て回りたい元夫…🐤
🐣美しいでんな…
🐥ふ〜む
🐥鮮やかな赤
🐥撮影しにくい…
2枚目
🐥あまり気に入らないショット
撮りにくい…
🐥そろそろネモフィラを…
🐥ネモフィラを見たいのに…
🐥あった…
う〜ん(気に入らない)
🐣
白いネモフィラ
いつもながらワードプレスに写真をアップロードすると実際の写真よりだいぶ汚くなる
🐥ふ〜
🐥ネモフィラさん…🩵
帰途に着く…

悪徳にしがみつく人々

他人の財産や持ち物や業績や恋人が欲しい欲しい羨ましい…そんな人々の悪徳🐤

ある子供が他の子供の持っているおもちゃを欲しがり、そのおもちゃを持った手を固く握って離さない。
また、ある子供がスーパーのお菓子売り場で商品のお菓子を掴んでその袋の封を開けようとする。
さらにまた、ある子供が他の子供の持っている新品の筆箱を鷲掴みにして床に投げつけて壊そうとする。
これらの子供の行動は、人間の悪徳の現れであり、彼らのその行動動機を説明すると、”貪欲、傲慢、嫉妬”となる。
そして彼らが大人になったとしても、その子供の頃の悪徳を何も反省も悔い改めもしなかったとしたら、その悪徳は大人時代にも継承される。

大人でもこんな人が居る。
友人の持っている服や車や財産や恋人などを、“欲しい、欲しい‼︎”と言って無理矢理手に入れようと画策する陰謀家の女や男。そして彼らはそれが手に入らないと知ると、”ずるい、あいつばっかりそんな物を持っているなんて!絶対不公平だ‼︎”と憤る。
さらに、他人の家にお邪魔しているのに、他人が自分にわざわざ色々と配慮してご馳走したり物を与えたりするのがごく当然だと勘違いしている大人。
また、他人の持っている良い物を、自分の嫉妬を動機として破壊しようと企む闇の重機のような破壊魔の大人。
こんな大人は結構、何処にでも見られる大人達の群像であるかもしれない。このような人間が数多く存在する世界は、まるで小規模な地獄の坩堝があちこちで巻き起こっているかの様に見えるだろう。
かつて、そんなものが世界というものであったなら、その世界は地獄に近い世界である。そして現在もそんな世界であるなら、そんな世界は少なくとも神が容認するような世界では無いのである…

擬装隣人

🐥疲労骨折だったらヤバいから当分何もしないでいよう(何週間痛みが続くんだろう…🐤)

昔聞いた話。
例えばあなたが住んでいるアパートや小さなマンションなど、割と小さめな敷地に住人が2、3家庭居住している住宅地。そして住人はお互いにあまり面識が無い。そんな状態のあなたの近所。そこにある日、そのあなたの近所のアパートなどの敷地に中年の男性や年配の男性などが立っていた。彼は煙草を吸いながら、近くに居る人と立ち話をしている。そしてあなたが自宅へ入ろうとして彼らに近寄ると、その中年の男性(あるいは年配の男性)は急にあなたに声をかけて呼び止めた。
中年の男性:どうもこんにちわ。私、このアパートに住んでる者なんですが、今まであなたとは面識も無かったものですからすみません。どうか今後もよろしくお願いしますわ。
あなた:ああ、そうだったんですか。こちらこそ宜しくお願いします。
あなたは会話を切り上げて、自宅のアパートの部屋へ入っていった。あなたはその男性について、どこか妙な雰囲気を持つ男だと感じたが、それについて深くは考えなかった。
そして後日、あなたのアパートの部屋にその男性が訪ねてきて、あなたにこう言った。
中年の男性:ああどうもすみません。ちょっと急用があったもので、あなたに頼みたい事があるんです。ウチの鍵なんですが、私が出先から帰るまでこの鍵を預かってもらえませんか?
あなた:いえ、鍵なんて預かる訳にはいきませんよ。そんな貴重品、無くしたら大変ですから。
中年の男性:いや、あなたを近所の住民として信頼してるから、私の鍵をあなたに預かって欲しいんですわ。ちょっとでいいんです。ほんの3、4時間ぐらいで…
あなたはその男性の頼みを断ろうとして色々理屈を並べてみたが、その男性はしつこくあなたに食い下がり、そしてついに、その男性はあなたに鍵を無理矢理渡す事に成功したのである。
そしてその後日の事。
中年の男性:こんにちわ。どうも先日はお世話になりました。ところであなたは今日これから何処かへお出かけですか?見たところ、外出前の様子に見えますけど。
あなた:そうですけど。これから電車に乗って行って用事を済ませなければいけないんで。
中年の男性:そうですか!じゃあ、私があなたの鍵を預かってあげますよ。この間、私の鍵を預かってくれたので、そのお返しに…
あなた:いえいえ、とんでもない。そんな事をしていただく必要は無いですよ。自分の鍵は自分で管理できますので。
中年の男性:遠慮しなくていいですわ、そんなん。ちょっと私に鍵を預けておけば、鍵も無くなったりしないし安心ですし、何より私はあなたの近所の住民ですからね。大丈夫!
あなたは心底この男性の闇の深さに怯えつつ、なんとかこの男性の親切(違うと思うが)のごり押しを退けた。
そしてそのまた後日、アパートの外の近所を歩いていたら、あなたは近所に住む主婦達2人のこんな会話を漏れ聞いた。
近所の主婦2人:あ、あの人やね。噂を聞いたところによると、あの人近所付き合いを拒否してる性格の暗い人やねんて。話によると、近所のおっさんが鍵預かってやる言うても鍵渡さへんらしいわ。なんやえらく水臭い男やって。そんなん近所に鍵預けるぐらい誰でも気軽にやってるのになんであの人そんなに警戒心だけ強いんやろな。あの人もしかして後ろ暗い商売でも裏でやってるんと違うか。

ちなみに、あなたに挨拶してあなたから鍵を搾取しようとしていた中年の男性は、実はあなたの住むアパートの住民では無い確率の方が高いのである…

こんなおかしな話、誰もが不審に思うのが普通である。
あなたの鍵は例え近所の住民に対してでも決して預けてはいけない。あなたが”近所の人だから鍵ぐらい預けても大丈夫だろう”などと日和見的なバカみたいな考えを起こして、その”近所の人”に鍵を預けた途端にあなたのアパート内は密かに隠微に荒らされるのである。あなたが”近所の人”にアパートの鍵を預けた後、あなたのアパート内にはあちこちに盗聴器が仕掛けられ、あなたの持ち物の中の貴重品では無いにしろ大切にしていたお気に入りの衣類は偽物とすり替えられる。そしてあなたの所持していた電化製品はいつの間にか故障する(まだ買ってから3、4年ぐらいしか経っていないのに)。さらに、あなたが漬けておいた梅干しの大きな瓶の中からは梅酢が抜かれていて代わりに水道水が入っている。そしてあなたが大切に箪笥の奥にしまっておいた着ていない衣類が何点か紛失する。あなたの所持していた高額で売れそうな価値の高い古い書籍も紛失。しまいにはあなたのお気に入りの下着まで紛失…
他人に自宅の鍵を預けるという事は、ダイレクトにこういう結果を招くというのが通常の一般常識なのである…

動揺🐥

岡山旅行でアパホテルに宿泊した元夫と私🐣

“ちょっと、上の階の宿泊客がもの凄い音の屁をこいているんですけど、一体どうなってるんですか?下にモロに響くんですけど音が。このまま上の部屋の人の放屁が続くと迷惑なんですけど。”
“…そう言われましてもねぇ…。フロントのスタッフとしても予約した宿泊客が屁をこくかどうかは予測がつきかねますので。”
🐣ホテルのフロントで起こった一悶着。その時、私と元夫は観光旅行先のホテルの部屋で休んでいた…出先で鳥貴族へ行き沢山食べたり飲んだりした後の私と元夫。おかげで私の激しい放屁は止まらなかった…

爺さんの教育

爺さんの幼い頃はどんなガキだったのだろうか…

爺さんは孫に対して、常々こんな教育をしている(かもしれない)。

1:困った事があったら、とりあえずワハハと笑え。
2:何かを誤魔化したい事があったら、とりあえず猿の真似をしてキーキー騒げ。
3:何か上手くいきそうにない場合は事あるごとに大声で笑えば、大抵の事は誤魔化せて上手くいくもんやで。
4:会話が弾まなくてもとりあえず笑いで繋げば周囲は”楽しそうに会話しているんやな”と勘違いしてくれる。
5:自分のやった悪戯や悪い事を誤魔化すには、とにかく元気に遊んでいるフリをするんやで。

笑い袋乙🐥

🐥腕が痛すぎてほとんど何も出来なくなってしまった私。気が向いたらブログ更新をするかもしれないが、ブログ購読はなかなか骨が折れる作業…なにしろスマホを持つだけで腕が痛い。今しばらくは大人しくしていようと思う…

🐣

アンメルツヨコヨコを買えばいいのに🐤

財テク(?)とは無縁な生き方しかできなかった元夫の父親…

元夫の父親とは、どんな人物だったのか。
先日、元夫の父親の容態が悪化したと連絡が来て、元夫は横浜へと旅立っていった。2度、元夫が横浜と奈良を行き来した後、元夫の父親は亡くなった。経済的な事情により、葬儀は執り行われなかった。さらに、墓に遺骨を入れるにも坊さんに手数料を支払わねばならないと知り、墓には入れずに、建物の中に安置するタイプのマンション型納骨堂にしようという話になった。
ところで、元夫の父親が居住していた特別老人養護施設から父親の写真を渡されたらしい元夫。彼は私にその写真を見せた。私はその写真の1枚目を見た途端、少しギョッとした。その写真に写っているのは明らかに元夫の父親とは別人であった。他人のそら似とでも言うべき姿がその写真には写っていた。だが、2枚目の写真は確かに元夫の父親だった。2つの写真には全く別の老人が写っているのに、なんで皆んなそれを変だと思わないのか?いや、変だからこそ敢えて誰も何も言わなかったのだろう…
元夫の父親の居住していた特別老人養護施設に一体何が起こったのか、それを知っている人々が居るとすればそれは元夫の叔母さん達だろう。だが、そんな事を叔母さん達に尋ねるのは失礼というものだ。結局、事実は決して明らかにはならないのに、関係者の間では、2枚の写真に別人物がそれぞれ写っていたという明らかな証拠だけが認識されるのである。
話は元夫の父親がどんな人物だったのか、という筋に戻る。
元夫の父親は、まだ若い頃には自営業で結構なお金を稼いで、手持ちの金は豊富だった。そしてそれは、元夫の父親が老いて仕事を得られなくなるまで続いた。
元夫の父親は、お金があるとネット通販で様々な海鮮の珍味などを取り寄せて、沢山冷蔵庫に仕舞い込んでいた。だが、元夫の父親は、その海鮮の珍味を結局、食べ切る事ができなくてその大半を腐らせてしまうのだった。元夫の父親の冷蔵庫には、もう食べる事の不可能な半分腐った海鮮珍味が所狭しと押し込まれていた。
そんな無駄遣いをしていた元夫の父親。
だが、元夫の父親は、食べきれずに捨てる海鮮珍味を買うお金は出すくせに、自分が痛めた足や腕の痛みを癒すアンメルツヨコヨコを買う事を渋る。
元夫が父親に”アンメルツヨコヨコでも買って腕や足を治せば?”と言っても、父親は”そんなもの買うのはもったいない”と言って買わない。父親はたまに痛みに耐えきれなくてアンメルツヨコヨコを買うのだが、彼は傷んだ患部にアンメルツヨコヨコを少しだけ塗って”ああ〜スーッとする。こんだけ塗ってスーッとすれば十分だろ”と、まだ患部が痛いのにそれで我慢する。
そんな事を続けて、元夫の父親は一度でも腕や足を痛めるとずっと長い間、患部は痛んだままなのである…
…アンメルツヨコヨコの単価は、海鮮珍味よりずっと安い。

彼らは何をやりたいのか?

🐥…普通に考えてそれは無意味にしか思えないの🐣

某穏健カルト宗教者達。
彼らの日常は祭壇に祈りを捧げる事から始まる。その祈りの内容とは”人生は川下りに似ている。あなたはその川下りをする時に竿を上手く使って川落ちしないようにした方がいい。”というもの。カヌーの操作方法と宗教との関連はよくわからないが、人生が川を下るだけの単純なものであった事実は無い。

それから彼らは、地域の各支部などの施設に熱心に通い、そこで集まってくだらない雑談をしたり、お布施を目的とした研修などを始める。その内容の意味はあるのか無いのか分からない程、曖昧すぎるものである。彼らは多分、集まって何かをやる事に意義があると考える日本の大学生とあまり変わらないメンタルを持っているのだろう。

さらにそれから彼らは、総裁の執筆した書籍を近所のあらゆる人々にプレゼントする為に地域の住人のリストを熱心にチェックする。ちなみにその書籍は最終的にブックオフ書店に転売されて1冊110円で販売される運命にあるのであった。

彼らは暇があると、何かの催し事を企画して会員を支部などに集結させ、そこで何かを飲み食いする。結果的に飲み食いと雑談だけで終わる催し事である。

ちなみに彼らの仲間同士の会話内容はとても空虚である。実社会で役立つ情報や経験談などはそこには全く存在しない。そこに在るのは空き缶を見つけたとでも言うような自慢話や、子供が元気に挨拶したら人間関係が多少潤滑になった話や、旧石器時代にしか通用しないカビの生えた単純すぎる道徳談などである。

ここまでくると、気の毒を通り過ぎて彼らの体の何処かが具合悪いのでは無いだろうかと誰かが心配するような状態のこの人々。一体どうしてこんな事になってしまったのだろうか。彼らの知性には果たして明るい明日があるのだろうかと思うと暗い気持ちになるのであった…

節制の美徳

欲望まみれは汚すぎるから🐣

あなたは、若者が街を彷徨く姿を見て、これは幼稚園児のようにしか見えないと感じた事はないだろうか。
彼らはまるで夢遊病者のように、無目的なくせに欲望だけは強い顔をして街を闊歩する。彼らの街遊びの理由は、旨い汁を吸えるような場所や事情に出くわす事があるかもしれないという期待だけのような気がしないでも無い。そして彼らの眼を見てみると、なんだか手当たり次第に欲しいものを鷲掴みにする幼児のような表情がある。
彼らはやたらふらふらと歩き回り、好きな喫茶店に入り、好きなファーストフード店に入り、好きな電車に乗り、好きな場所で買い物を楽しみ、好きな居酒屋で仲間と飲んで適当に叫ぶ。傍から見るとそれはクソ幼児。とりあえず無目的に群れて遊ぶ若者達。それは、大人の賢い遊び方からするとしごく退屈な戯れでしか無い…
あなたが自分の無秩序な欲望を制御しないという事は、あなたがクソ幼児だという事に他ならない。
あなたの生活を節制の美徳で整える事は、あなたの成人としての立派で健全なプライドに貢献する、一種の高級な香水を纏うようなもの。
あなたが颯爽とした風貌の格好良い大人である為には、あなたは常に自分自身を清潔に保ち、そして間違ってもクソ幼児のように鼻水を垂らして涎を垂らして菓子パンとジュースを片手に持ちヘラヘラ笑いながら街を歩いてはいけないのだ。クソ幼児に高級な香水は似合わない。
あなたの手がお菓子のクリームやジャムで汚れていたのでは、あなたに寄り付くイケメン男や綺麗な女は何処にも存在しないのである。

食通と呼ばれる馬鹿

🐥お父さんはどんな人だったのかしらね士郎さん(雄山です…🐣)

若い頃、美味しんぼというアニメを暇つぶしによく見ていた。私は幼い頃から料理や菓子作りが好きで、母の料理の仕方を見たり、料理の本や菓子の本を読んで、それを参考にして色々作っていた。私は美味しいものを食べたかったので、子供にしては料理が出来る方であった。
話は戻るが、美味しんぼという漫画の事について考えた事を少し話す。

アニメしか見たことがないが、今思い返してみると、物語の内容は、徹頭徹尾、料理の素材の話である。調理技術も描かれているが、それは素材が上等だという条件があった上での技術である。腕のいい料理人が悪い素材を使用する訳が無い。
このアニメの内容からすると、極論から言えば、極端なメシマズ人間でもなければ、素材が良いだけで、皆適当に美味しい料理を作る事が出来るだろう。別にわざわざ高い料理店に足を運ぶ必要は無い。
そして、はっきり言うが、腕の良い主婦が作る料理は、ただ値段が高いだけの料理店で出されたものより美味しい事が多い。
私は”ただ値段が高いだけの料理店”と表現したが、実際には値段がとても高いが、やはりその値段通りとても美味しい料理店もある。ただ値段が高いだけ、という意味は、その値段の高さで作る料理ぐらいなら、ベテラン主婦は普通に作れるという事である。
では、本物の高級料理店が価値の有るものなのかというと、普通に考えて、たまには価値のあるものだと言えるだろう。四六時中、高級料理店に通うアホはいない。高級料理はたまには食べたい。しかし、毎日食べたいものではない。私達が毎日食べたい食事は、安全で栄養があり、頻繁に食べても飽きなくて、健康的な美味しい料理である。

ところで、噂で聞いたところによると、料理職人達は非常に狭い価値観の中で生きている人々だという。彼ら(男性が多いので)はとても料理の技術にこだわりが強く、女性を蔑視し、彼らの妻達は日々DVかと思われる扱いを受けているらしい。そして彼らは自分の弟子達にも極めて厳しく接している。普通に考えたら単なる暴力だが、職人の世界では何も咎められない。よく考えてみたら、たかが料理技術が優れているだけで何故、そこまで威張り散らすのか理解しがたい。人々がごくたまに利用するだけの店が、それほど価値のあるものなのか?他の職種の様に、直接人々の生活に大きく役立ち、毎日の生活に欠かせない働きになっている訳でも無いのに。威張り散らす彼らに比べたら、毎日荷物を運んでくれる宅配便の人々や、毎日店を開いて品物を売ってくれる人々、休む事無く電車やバスを運転してくれる人々、普通に働いて家族を養っている人々の方がよほどありがたい。

食通を気取る人々は何を考えているのだろう。そんな無駄な事をしている暇があるなら、日本国内の料理の質の向上に貢献する何かを考えてほしい。今からすぐに着手しなければならない問題はいくらでもあるが、とりあえず今有る食材の有効な調理法を考える事から始めるのが筋かもしれない。だが、食通の人々や高級料理職人達は、彼ら自身の都合しか考えないので、そんな事は一切気にならないらしい。一流の料理に携わる人間が、”素材”の活かし方の問題を考えないのは筋が違うのではないのか?だとしたら、彼らは自分自身の商売のプロであって、料理のプロではない。料理を愛しているなら、”上手い調理法”の問題を気にかける筈である。そして、ただの商売人であるなら、彼らが過剰に威張り散らす必要は全く無いのである。

無知とは諸悪の根源

これをアップしたらしばらくお休みしようと思ってます🐣少なくとも1週間、いえ2週間…なるべく腕を休めたい…😭

例えばあなたの息子や娘が、フルーツが嫌いでお菓子(和菓子や洋菓子などのとても甘い菓子)が好きだったとする。あなたは息子や娘からしょっちゅう、”お菓子が欲しい。お菓子買って!”とねだられる。あなたの子供達はお菓子を与えられないと、あなたの言うことをほとんど聞かない。あなたは時折、子供達にフルーツを与えるが、子供達はそれに見向きもしない。あなたは仕方なく、事あるごとに子供達に対してお菓子を買って与え、それを後悔する事無く日々を過ごす。
こんな毎日を続けているうちに、子供達は成長していくのだが、何故かあなたの子供達は何かと病気がち。この間はあなたの娘がアレルギー反応を発症して病院のお世話になった。そしてあなたの息子は健康診断で発育不全気味という診断をくらった。あなたは気忙しい中、子供達の面倒を見るために病院と家を行ったり来たりしていた。
そしてある日、気がつくと、あなたの成長した子供達の体は完全におかしくなっていた。あなたの息子と娘は、極度の栄養失調と食品添加物の過剰摂取による体の変形と酷いアレルギー症状による皮膚などの重い疾患に侵されていたのである…

市販のお菓子には、沢山の食品添加物や体に悪い色素や過剰な砂糖など、あなたの子供の体に有害な物質が入っている。そして例え市販のお菓子では無く、あなたの手作りのお菓子や無添加のお菓子や値段の高い高級なお菓子であっても、砂糖が沢山入っており高カロリーであったら、やはり子供がそれを沢山食べる事は子供の体にも頭脳にも害なのである。
知らないでは済まされない結果というものが現実には存在する。あなたの子供はあなたの無知により、生涯を病気がちな体と共に過ごさなければならない。
子育てにおいては、あなたの判断があなたの子供の未来を決定するのである。

電子レンジの使い方🐣(炭焼きコーヒー”焚き火”🐤)

焚き火の匂いがする時には洗濯物を表へは干せないし…🐤

ある日、紅茶を飲もうと思い、ティーバッグをカップに入れてお湯を注ぎ、3分間抽出する。出来上がった紅茶を飲む為にカップを口に近づけて一口飲む。すると
“…渋すぎるしエグい。何この紅茶?どこかおかしい…。”
私は再度、淹れた紅茶を飲み、やはり味がおかしいと再認識した。いつも通り抽出したのにこの強烈な渋みとエグみ。私はこの紅茶に何が起こったのかをすぐに理解した。
犯人は電子レンジである。
元夫。時折、彼は捻くれておかしな事をする人間なのである。彼はおそらく、紅茶のバッグを200wの電子レンジに十数分あるいは数十分入れてチンしたのだろう。それにより、紅茶はさらに低温の熱でじっくり焙煎されてしまった…

事件はまだ終わらなかった。後日、来客があり、私はコーヒーを客に淹れる為にドリップパックのレギュラーコーヒーをカップにセットして、お湯をそこに注いだ。だが、いつもと違って、やたらコーヒー粉がお湯を吸って、なかなか抽出できない。少し時間をかけてコーヒーが出来上がり、私と客はコーヒーを口に持っていった。すると
“焦げ臭い…コーヒーが焦げ臭い…”
私と客は閉口して、コーヒーから口を遠ざけて、2度とコーヒーを口につけなかった。
そこで、私は最近買った”ブルーサイダー”を箱から取り出して、客に振る舞ってその場を収めたのである。

その日の夜、元夫が帰ってきたので、コーヒーの件を元夫に問いただした。元夫はしばし沈黙し、おもむろに”コーヒーを飲みたい”と言った。私は喜んで(?)元夫に対して”電子レンジ焙煎コーヒー”を使ってコーヒーを淹れた。
辺りに焦げ臭い匂いが立ち込め、物凄く香ばしい濃いコーヒーが出来上がった…
その後、元夫は黙って焦げ焦げコーヒーを全部飲み、”もう寝る”と言って寝室へ消えた。

私があとで寝室へ行くと、離れた場所で寝ている元夫の近辺から何やら焚き火を焚いているような臭いが立ち込めていた。不審に思った私は彼に”…何かを燃してる匂いがするんだけど。何だろう。外で誰か焚き火でもしてたのかな?”と言った。見ると、彼は黙って離れた布団でふ〜す〜と息をしながら横たわっていた。
元夫の吐く息は、電子レンジ焙煎コーヒーのせいで焚き火の臭いがしていたのだった…

岡山後楽園🐥

3月18日、元夫と一緒に岡山旅行へ行った際に岡山後楽園で撮影した写真。元夫と一緒に旅に出たのは3月17日の早朝の事。17日に倉敷、鷲羽山展望台、そして18日に岡山後楽園…

日差しの暖かい風の強い日…
水辺は麗しい
空気は若干乾燥している
人はまばらとも多いとも言えない状況
樹木の様相が特徴的
意外と日差しは熱い
間の風景
湖面は鈍い鏡面
🐥
前後する🐣
売店…

疲れ切ったヒヨコ🐤

毎日、欠かさずブログを覗き、それを読み、いいねを押す。そしてネットのニュースを熱心に読む…そんな事をずっと継続していたら、スマホの重みで腕が痛くなってしまった私。このままいくと疲労で筋肉と体の筋を痛めてしまうと判断し、しばらくスマホから遠ざかる事を決心した。ブログ購読と更新をしばらく休む私の料理てんやわんや写真を掲載して、寝る…💤

茄子の焼き浸し。お酢の味がアクセントになり食が進む…
トマトと大葉のキムチ乗せと茶飯の豆ご飯。
S&Bのバジルパスタソースを使用したパスタ。味はインスタント乙…
骨取り塩さばの焼き物。脂は乗り過ぎずに口にじんわり…
トマトと卵のスープ。大葉を刻んだ時に髪が入ったらしく、画面の端に黒い糸が写った…🐤
髪の毛を取り除いた後

ブログを読めなくなるのは娯楽と趣味の喪失だが、とにかく腕が回復するまでどうしようもない。大人しくふて寝でもするしか無いのだろう…

🐥お料理は楽し(結構繊細に気を使う作業…)

作るからには美味しく作りたい。雑にやればそれだけ雑なものしか出来上がらない。手抜きなんてしたら絶対に成功しないのが料理。誰が作るにしてもそれは同じ…🐣

じゃがいもとレタスとにんじんと新玉ねぎのマヨネーズサラダ。元夫はサラダが大好き…
ごろごろ野菜と鶏肉のスープ。元夫はスープを全部飲み干した。気に入ったらしい…
ししゃもの干物を焼いたもの。上手く焼けた…
玉ねぎとしめじのオムレツ。味がしっかりしているのでケチャップをつけなくても美味しい。
鶏肉のカツレツ。元夫はフライが大好き…
カレイの煮付け。ふっくらして溶けるような身に煮汁の味が絡む。
トマトとオクラのごま油ドレッシング和え。茹でたオクラの新鮮な風味と酸味のあるトマトの調和。
ご飯と一緒にいただきましょう…

食は文化。文化の小単位は家庭にある。家庭の食卓を豊かにする事は文化の隆盛の源…決して蔑ろにするべきでは無い🐣

他の店でも買いますわ…

半端なヤクザみたいな生活習慣…

今は居るかどうか知らないが、昔よく居た人種。
それはお買い物主婦軍団。
彼らは特定のスーパーマーケットを根城にした、午後4時あるいは5時にスーパーマーケットに集まる禿鷹集団である。
彼らは毎日、午後4時あるいは5時になると最寄りのスーパーマーケットに集い、そこで激しい派閥争いを密かに繰り広げるのである。
例えば、彼らが贔屓にしているスーパーマーケットが関西の”いそかわ”だとする。すると彼らは、自分達の事を”いそかわ”の派兵だと考え周囲に喧伝する。
“いそかわ隊が発進するのよ”
どんな隊なのだ。
よく近所のいそかわスーパーマーケットに行くというだけで、自分達をいそかわ専属の軍隊だと考える彼ら。そんなものを見ただけでも、通常の買い物客はドン引きして買い物をする気が失せるというものだ。
またあるいは、業務用スーパーにほとんど毎日入り浸る雑談主婦達。彼らは半端な買い物ついでに徒党を組んで業務用スーパーの斜め前に陣取り、そこで長時間無駄話をしつつ、他の買い物客を軽く威嚇するのである。
まるで業務用スーパーは彼らの仮のアジトのようになってしまっている。

とりあえず、こんな光景を見たら、普通の人はなるべくいそかわや業務用スーパーに行く機会を減らそうとするのが普通である。だって彼らに下手に関わってしまったら、どんな災禍があるか分からない。
君子危うきに近寄らず。これはどんな社会でも通用する一般常識である…

明らかなレベルの差

黄色の消しゴムを持っていたからといって、別に黄色が特別好きな訳じゃ無い🐥

世の中には、黄色い色をしている物は全部バナナで色付けをしていると勘違いする子供じみた人間が存在する。
それは一体、どういう事なのかというと、”同じ黄色なら、それはバナナの素質があるのだろう”というトンデモ理論。

あなたが近鉄特急の伊勢志摩ライナー(黄色の方)の話をしていると、あなたの知人はこんな事を言い始めるかもしれない。
“バナナの色した特急か。俺はそんなの好きじゃ無い。だって黄色だから、乗ったらバナナの香りとかしそうじゃん。俺、バナナの匂い嫌いなんだよなぁ。”
伊勢志摩ライナーとバナナとの共通点は、ただ黄色のカラーだという点だけである。その人はもしかして、伊勢志摩ライナーの塗装にバナナをすり潰したものを使用したとでも考えているのだろうか。だが、これが例えだとしても、そんな極端な考えを持っている人は少ないだろう。

しかし、こんな例えもある。
ある人物に”抽象画”を見せて、その返ってきた反応を見てみる。その抽象画を描いたのは有名な画家。そしてある人物はその抽象画を”これは子供が描いたものだろうな”と判断した。そして、そのある人物に対して、今度は子供の描いた絵を見せてみる。するとその人物はこんな事を言うかもしれない。
“これはさっきの子供が描いた落書きみたいな絵よりも上手い。この絵はさっきの絵を描いた子供より年長の子供が描いたのだろう。”
知らないという事は恐ろしい事なのである。この人物は芸術の事を何も知らないのに、その絵が抽象画だという根拠をもとに、有名な作家の絵と子供の描いた絵を同一のレベルに並べてしまっている。それは、黄色っぽいものはみんなバナナと似たようなものだと言っているのと同じである。だが、実際には、有名な画家の描いた抽象画を子供の作品だと勘違いする人は少ないだろうと思われる。

またさらに、ある人物に今度は何かの文章を見せてみることにする。ある人物はその文章を読み、その文章が長文であり、言葉遣いが大人の風である事を根拠に、その文章が優れたものであると判断するかもしれない。
だが、実はその文章をよく読むと、無意味な言葉の繰り返しや、クダを巻くようなしつこい無駄な意味強調や、重箱の隅をつつくようなどうでもいい内容の掘り下げばかりの駄文だったりする。そして、その文章を書いたのはおそらく近所に住むただのジジイなのである。これまた、黄色っぽいからバナナと一緒なのだと思う事と同様なのである…これは結構、よくある事だろうと思われる…

若いのに年寄り(精神が)

減塩、肉食忌避、お肌の為のあらゆる保湿ケア、そしてエイジングケアの為のあらゆる努力…本当にそれは効果的なんですかね🐤

ラーメンは好きですか?
“ラーメンを食べると塩分を摂り過ぎてしまうので、私はラーメンを食べないようにしています。現代の食習慣は塩分過多に偏りがちなので気をつけるべきだと考えています。”
お菓子は好きですか?
“甘い食べ物は体に悪いと言われがちですが、頭脳の栄養はブドウ糖だと何かで聞きました。私はお菓子をよく食べる方です。殊に和菓子は大好物です。小豆餡を使った団子や饅頭やおはぎや餅菓子などは特に好きですね。”
音楽は何が好きですか?
“私はサザンオールスターズが好きです。私の父がサザンオールスターズが好きだった影響でよく聴くようになったんです。”
好きな食べ物は何ですか?
“天ぷら、カツ丼、炒飯、寿司、餃子などが好きです。ご飯は毎日欠かせません。”
あなたの趣味は何ですか?
“友達と一緒に新幹線のグリーン車で旅行することです。”
あなたの年齢は何歳ですか?
“うふふ、何歳に見えますか私?”
最後に、あなたの人生を一言で言うと?
“叶姉妹です(笑)。”

この女性は一体何歳なのだろうか。
推定年齢30歳代中後半…
しかし、この質問と解答の例に基づく年齢層とは、50代中後半から60代以降なのであった…

ちなみに私はというと:ラーメンはかなり好き、お菓子はほとんど食べない、好きな音楽は洋楽、好きな食べ物は野菜と鶏肉、趣味は写真撮影と料理作り、年齢不詳、私の人生は忍耐と努力…

フェイスパウダーぱたぱた

そういえば妹もそうやったわ…🐥

日本の女の子。彼らは生まれてからまもなく、親や親戚から”可愛い、可愛い”と頻繁に言われる。そしてそれは、彼らが成長する間、ずっと続く…
“〇〇ちゃんは可愛いわね。あなたはとても美人だから、男の子からの受けも良いだろうし、クラスメートもみんなあなたの事を可愛いと思ってるに決まってるわ”
こうやって何度も何度も何度も煽てられて育つ日本の女の子。こんな状況が続くのはかなり長い間。つまりその女の子が生まれてから幼稚園に通い、小学生に上がり、中学生に進学し、高校生になり、大学生となり、社会人として就職するまで続くのである。
冷静に考えて、”そんなわけないじゃん”と、普通の人は皆思う。だが、日本の女の子はそうは考えない。彼らは親や親戚に煽てられたままの容姿が自分自身の本当の姿だと錯覚する。
しかし、彼らは毎日、鏡を見ているはずなのに、一体なんでそんな錯覚を現実だと勘違いするのだろうか。
ところで。都会に近い場所に住む日本の中学生女子や高校生女子のほとんどは、通学したり部活に通ったり街へ遊びに出かける時、下地クリームを顔に塗り、値段の高いファンデーションを顔に綺麗に滑らせ、その上から”素肌感を醸し出すフェイスパウダー”を纏わせる。おかげで彼らの顔の皮膚は、シミ1つ無く、人間に普通に存在する筈の毛穴の痕跡も無く、天然の日焼けの痕跡もまるで無いつるつる美肌にしか見えないのであった…
そして、普通、それは素肌(すっぴん)とは言わない。
それだけならまだしも、彼らは仲間と一緒に電車に乗ったり街中へ繰り出す時に、美人が居るとその周辺でやたらと騒ぐ。
何故彼らが騒ぐのかというと、彼らの目の前に居る美人に対して”あんたなんかそんなに美人じゃ無いよ!”と言いたげな嫌がらせ的な騒ぎを仲間と一緒に醸成してその美人を暗に貶す為なのである。しかし彼らのほとんどは、単に巧妙な素肌感化粧をばっちりしてあるだけの極めて平凡な容姿の女の子。大抵、彼らは周囲の大人達に白い目で見られているのである…

騙される方にも問題がありすぎる問題

この騙され上手🐣

例えばある人々がこう言って悪い事をする人々を弁護するかもしれない。
“悪い事をしてしまう人々というのは、本当は良い人々なのだ。彼らは気が優しいから、ついつい他人の都合に合わせてしまって、自分を殺してしまうから結果的に悪い事をしてしまう。つまり、悪い事をする人々は、環境が良ければ善人として評価される優しくて清らかな人々なのだ!”
だが、悪い事をする人々というのは、本当に自分の事しか考えない人々なのだ。何故なら、他人の都合に合わせて自分を殺す人々というのは、自分を殺す事で他人に好かれたいと考える貪欲な人々だからである。さらに、環境が良ければ善人になる人々は、環境が悪ければ簡単に悪人になる人々、つまりちょっとでも環境が悪くなると途端に悪人になってしまう劣悪な性質の人々なのである。
世の中には詭弁を弄して人々を欺く邪悪な人間が存在するという事を我々はよく知っておくべきなのだろう。

悪事の言い訳は聞きたく無い

欺瞞は数限りなく存在するのだろう…

あなたが他人を陥れる為に様々な意地悪な罠を他人に対して仕掛ける。あなたに陥れられた人は不幸になる。あなたはそれを悪い事だと思うのか、それとも良い事だと思うのか。

この世に犯罪というものが存在する。あなたが他人に対して、傷害や窃盗や拉致監禁や薬殺や性犯罪や詐欺や人身売買や殺害などを仕掛けた場合、それは確実に犯罪となる。それは明確に悪であり、誰が言い訳をしようが覆る事の無い事実なのである。

戦争というものがある。戦争とは国家間の利害の追求の結果とも言える、いわば複雑な事情の結末である。だが、その戦争についても、ある国が守ろうとしているものが善であり、また他の国が執着しているものが悪である場合、その国家間の戦争はさながら善と悪の戦いの様相を帯びる。

善と悪、これらはそもそも明白なもの。あなたがあなたの友人の頭を”無意味”に殴ればそれはあなたが悪いだけの事である。あなたが友人の持ち物から密かに紙幣を盗み出せば、あなたは窃盗の罪を犯した事になる。あなたが友人を陥れようとして、その友人以外の他の人に対して”私の友人はいつも悪い事をしている”と偽証すれば、あなたは十戒を犯す悪い人間なのである。

ところで、犯罪者を死刑にする事は、殺人の罪だから悪い事だと言う人も存在する。だが、そもそも死刑判決を受けるような犯罪者は殺人を犯した人間なのである。殺人を犯した犯罪者が悪いと言っているのに、何故その犯罪者を法にかけて裁くだけの人間が悪い事になるのか。

神の法にかけて、悪い事をした人間は確実に悪い人間なのである。こんな事は幼児でも理解できる事なのである。お友達のおもちゃを無断で奪って壊す子は悪い子なのであって、他の意味は無い。

緊急事態

慌てる🐤

私はこんな夢を見た🐣
どうやら、その場所は何かの航空機の内部のようだった。私は半ばぼんやりしていたので、周囲の人々が慌ただしく何かの装備を装着している様子を気にしなかった。だが、よくよく周囲を見ると、私以外の人々は航空機から単体離脱する為の服装と装備を手早く装着しているのだった。私は慌てて責任者の元へかけつけ、自分が何の装備品も身につけていない旨を告げた…
“とにかく、今から装備を身につけてください。手伝います。〇〇時にはすぐ眠ってください。それまでに装備が間に合わなかったら目が覚めてから装備を完了してください…”
🐥どんな緊急事態…

受け入れ体制は作りたく無い…

なんでそこまで勉強をサボったのか🐤

例えばあなたの娘や息子。
彼らは幼い頃から勉強をサボってほとんどやろうとしない。だが、彼らは一応、学校に通い程々の成績を取り、小学校、中学校、高校、大学と順々に卒業資格を得る。しかし、彼らは実質的に勉強をした訳ではない。彼らは教師の温情に縋る事で、なんとか授業日数をこなし単位を得ただけの純粋なペーパードライバー。一体、どういう種類のペーパードライバーなのかというと、それはおそらく他人の作ったノートを丸暗記あるいは丸写ししただけの、本物のペーパードライバー。

彼らは大学の卒業資格を手に、就職活動に勤しむ。だが、彼らを雇おうと考えている人々は、彼らにできれば有能であって欲しいと考える。しかしながら、彼らは頭脳訓練すらままならない純粋なペーパードライバー。彼らを何かの弾みで雇ってしまった会社は、彼らの純粋無能に翻弄された挙句、諦めて彼らに簡単な仕事だけ割り振ってあとは思考停止。
それだけでは無い。彼らは簡単な仕事を鼻歌混じりにたらたら不真面目にやって、その合間に彼らの気に入らない同僚に対して陰湿な意地悪をしかける。結局、彼らは会社に行って、何となく仕事を不真面目にやりながら同僚に対する嫌がらせを常習的に行う事実上のクズ社員となる。
そんな彼らは、社会からはこう呼ばれる。
“バカで性格の悪い人間”
しかし、こんな社会からの正直な評価を与えられると、彼らは憤慨してこう言い始める。
“そんな差別発言、許される訳が無い。誰であれ生きる権利があるのに。なんでただ働いているだけの我々にそんな意地悪な評価を与えるのか?我々はパワハラを受けているに違いない‼︎”
だが、そもそも彼らはほとんど無能な上に性格が悪いため、会社と彼ら以外の社員に毎日迷惑をかけ続けているのである。そして、そんな彼らが反省したり悔い改めたりして、仕事を熱心に真面目にやり同僚に対しても意地悪をしなくなるという事は一切無い。その可能性は皆無なのである。そんな彼らは常々、こう思っている。
“我々のありのままの姿を受け入れて欲しい”
絶対無理である。バカで性格の悪い人間が社会において高い評価を受ける事は決して無いのである。そんな事をしたら、社会自体が壊滅してしまうからである…

バイトの女(大抵若い女)

普通にバイトしようとしてもこれではねぇ…🐤

私はちょうど30歳代ぐらいの時、時間を持て余していたのでバイトをしていた時があった。訳あって就職などはしていなかった私。製図トレースの資格を取る勉強をしたり、ひたすら読書に打ち込んだりしながら日々を過ごしていた。元夫とお付き合いを始めたのは35歳の時で、結婚したのは36歳の時。そんな若い日の思い出…

バイト初日、教育係の男性がレジ打ちのやり方の説明をしている。私はそのコンビニのレジを扱うのは初めてだったので、多少覚えるのに手間取った。だが、私と同時に雇われた若い女性は、”ああ、大丈夫です。すぐ覚えました!”と言って、実際にもすぐ操作できていた。しかし私の経験から言うと、この女性は多分、あらかじめこのコンビニのレジの操作方法を何処かで習得している。どんな人間であっても、”一回見ただけ聞いただけ”で初めて触る種類のレジ操作を全部習得することは無理に近いのである。そんな妖しげな若い女性の沢山居るコンビニに私はバイト要員として勤めることになったのであった。

そしてバイトの日々。私より以前からそのコンビニで働いていた17歳の女の子。それはかなりの手練れな陰謀家のザコ。
彼女は私がトイレ掃除をしている時に何故か私に対して”レジお願いします!”と言っていたらしい。トイレの中の掃除をしている最中に、なんでレジお願いしますと呼ばれねばならぬのか。そんなの無理である。
まだある。
彼女は私に対してこう指示した。”これをここにやってあそこに持っていってこうやってそうやってあれをしてこれをして…”
要するに彼女はこう言いたかったらしい。”使ったモップをモップ洗いバケツで洗ってから外にある干す場所に干しておいて”
最初からそう言えばいいのに、何故そんなに分かりにくい表現で迂遠な言葉回しを使って説明するのだろうか。
まだある。
午後4時半ぐらいの恒例の出来事。小銭の数を計算する為に一時的にレジから小銭を取り出して計測容器に詰めて数を数える仕事を私がやろうとすると、彼女は”私がやっておくからやらなくていいですよ”と言って私にやらせない。何故?
まだある。
彼女は私に対して”店のドアのガラスを毎日洗剤でざっと洗って拭き掃除する必要がある”と指示した。だが、実際には、それは頻繁に毎日やる必要の無い仕事であった…
まだある。
子供達が棚に並んだチョコレート菓子の値段を”20円って書いてあった”と言っていたのに、彼女は”ダメ!違うからダメ!それ20円じゃ無いから!”と言って子供達に怒っていた。子供達は棚のチョコレートの入っている箱に20円と書いてあったから、20円ではないのかと彼女に言っただけだ。それはいわば店側のミスであり、子供達には何の罪も無いのである…

最終的に彼女は、自分がやったレジ操作のミスを全部私のせいにして周囲の人々やオーナーなどに喧伝していた。

それは病院の扉が一応開いているというだけの時間だけど🐤

昔、セブンイレブンは7時から11時までやってましたけど🐣(現在は24時間営業…)

ある台風の日。
あなたはちょうどその日が病院の内科あるいは外科あるいは整形外科の予約を入れた日であった。台風が激しく吹き荒れる中、病院に行くのはかなり困難だと判断したあなた。
あなたは病院に電話をかけて、総合受付から各科へ取り継いでもらえるよう依頼した。すると、総合受付の職員はあなたにその各科は電話を取り継げないと告げる。あなたは一旦、諦めて再度電話をかけ直す旨を告げ電話を切る。そして約40分後、あなたは再度、病院の総合受付に電話をかけ、各科に取り継いでもらえるよう依頼する。しかし、またしてもその各科は電話を取り継げないと言う。業を煮やしたあなたは、今日予約を変更しなければならない旨を強調して説明し、その各科が何時から何時までの間に電話を取り継ぐかを総合受付の職員に問いただした。
すると、総合受付の若い職員はこう言って電話を切ろうとしていた。
“9時から5時までやってます”
それは病院の扉がとりあえず解放されていて、一応自由に病院を出入りする事が可能な時間帯である。あなたが聞いているのは、各科が営業している時間帯である。例えば、朝なら9時から11時まで、そして昼なら12時半から3時半までという風に。あなたが総合受付に聞いているのは、その時間帯の事なのである。
あなたは呆れて、総合受付の職員に対して、”今日予約があるから今日中に予約変更の手続きをしなければならない”という事を丁寧に説明するのであった。すると、総合受付の職員はあっさりとすぐさま各科へ電話を取り継いだのだった…

総合受付の職員を教育している人間が誰なのかは知らないが、”9時から5時までやってます”という発言に対してどう言い訳をするつもりなのか聞いてみたいところである。

手作り餃子🐣

昔から餃子は手作り。約2年前程、暇な時間に餃子を皮から手作りした時の写真…

餃子の皮を作りましょう🐥湯と塩と薄力粉と強力粉を使います。
鶏ひき肉を使用…
ニラを刻んで用意する。鶏ひき肉は塩で味付けして捏ねる。
捏ねた鶏肉に水を適量入れて肉だねをふっくらさせる。
刻んだニラと胡麻油を適量入れる。
手作りの皮に肉餡を包み成型する。
焼く🐣

手作り餃子というと、何となく面倒くさいとか難しいとか考える人も居るが、慣れてしまえば簡単な作業。何ごとも修練と経験…

塩と胡麻油のシンプルな味付け。だけどとてもジューシーで美味しいのです🐣素材の旨みを十分に引き出す事が美味さのコツ。肉だねを捏ねる時に水を入れてふっくらさせるのがポイント。水は少なすぎても多すぎてもNG。

願望投影

そうあって欲しいという願望にしても、それはあまりにも※▲✖️☆

ある女性。
彼女は自分の容姿にあまり自信がない。そして現実に、彼女は美しく無く、痩せてはいるが太っていないというだけの容姿の貧しい女。
彼女はある日、用事があって他人の家を訪ねる必要があった。玄関の呼び鈴を鳴らすと、彼女が訪ねた家の主婦は”は〜い”と明るい返事をしつつ玄関のドアを開けた。その家の主婦は、ぶかぶかの茶色のプルオーバーを着てボトムスは暗い色のカーゴパンツだった。全体的に大きめの服をざっくりと普段着として着ていたその主婦。もちろん、その主婦は以前から痩せ型の標準体型を維持している普通体型の人物。だが、その家を訪ねた彼女は、そんな主婦の服装を見てこんな妄想をしていたのだった。
“まあ、この家の奥さんは大層、太ってらっしゃるのね。多分、あまり外出なさらないからに違いないわ。運動不足が顕著ね、この様子では。しかも食生活も不健康を誘発するような内容に違いないわ。”
事実として、彼女が訪ねた家の主婦は、標準体型の体にただ大きめのプルオーバーと大きめなカーゴパンツを着ていただけである。そもそも、大きめの服という様子は見ただけで判りそうなものなのに、何故彼女はこの主婦の”大きめな服をざっくり着ている様子”を見て、この主婦が太っていると勝手に解釈したのだろうか。
それは、彼女の隠された願望から来る妄想である。
彼女は自分の容姿が一般的に言ってあまり良くない事を気に病んでいた。なので、彼女は自分が太っていなくて痩せているという事実にしがみつき、ただそれだけを自分の存在価値にまで押し上げていたのである。痩せている、それだけが自分の容姿の中で優れている部分。その部分だけは他人に負けたくはない彼女。だからこそ、彼女は、他人が少しでも太っているように見えたり、太っている可能性があるとそれを拡大解釈して自分を納得させていたのである…

詭弁家の妹

まさに口八丁手八丁とはこのこと

私はこんな夢を見た。
私の部屋の大きな押し入れには様々な物が入っていた。沢山の本やガラクタ、そしてなんと、大きな光沢のある黒い滑り台まで収納されていた…黒光りする滑り台、何故そんな物が押し入れに入っていたのか判らないが。
すると、妹が自分の部屋で少し小型の黒い滑り台を設置して友達と遊んでいた。私はそれを見て、その小型の黒い滑り台も、私の部屋の押し入れにあった物の類似品だと考えて、妹に対してこう言った。”その滑り台、遊び終わったら私の押し入れに戻しておいてね。”
だが、妹はこう返事をした。”これは1番年上のお姉ちゃんの部屋から借りてきたものだよ。織江ちゃんの部屋から持ってきたものじゃ無いよ。”
私は、そうだったっけ、妹がそう言うならそうなんだろうなんか変な言い訳みたいな返事だけれども、と思って引き下がった。
そして妹はその後も、私に繰り返し、”これは織江ちゃんのものじゃ無いよ。”と言い続けて私を困らせた。そうやって妹は、私がただ間違えただけなのに、しつこく私の事を断罪し続けたのである。私は妹の執念深さに苛々して、しまいには妹に向かってこう言い放って対処した。”詭弁家❗️”
そしてその後、母がやって来て私と話した。
母:妹の黒い滑り台のことで何かあったんだって?
私:いや、黒い滑り台が私の部屋にあったものと似ていたから、片付ける時部屋に戻しておいてと言った。そしたら妹はそれは年上の姉の部屋から持ってきたものだと言った。
母:で、それを織江が妹に話す時、織江はそこら辺を落ち着き無くぐるぐる歩き回ったのね?
私:ぐるぐる?何がぐるぐるなの?
母:犬みたいにそこら辺をサークル状に歩き回ったの?
私:いや、歩き回ってないけど全然。
母:あらそう…
私:バシッ‼️(思わず母の頭を怒突く私)
なんと妹は、全然ありもしない”私の奇行”という作り話まででっち上げて母の耳に吹き込んでいたのであった。まさに詭弁家…

そのお好み焼きはどの店の?

それはコントの一種なのか?

元夫との思い出話。
ある日、元夫が知人の家に呼ばれて夕食をごちそうになった事があった。元夫は私へのお土産に、知人宅の奥さんが作ったというお好み焼きを持って帰ってきたのだが…
元夫:はい、これ、お邪魔したお宅の奥さんが作ったお好み焼き。美味しいと思うよ。あなたもこんな風にお好み焼きを作ってみたらどう?あの奥さんを見習ってみたら?
私:へえ、そうなの。じゃあ包んであるラップを剥がして食べてみようか。
私はその包みのラップを剥がしてお好み焼きを皿に出してみた。それは綺麗な小さめの円形に成型された、豚バラを丁寧に2枚美しく乗せて焼いてある、まるで何処かの店で焼いたようなお好み焼きだった。私は喜んで、その綺麗なお好み焼きを口に運んだ。
私:美味しい!その奥さんお料理上手なんだね。
元夫:そうだろうね…

経験から言うと、元夫の知人の奥さんは別にお料理は上手では無い可能性の方が高い。何故なら、普通の家庭の主婦がお好み焼きを作っても、それは、”綺麗な小さめの円形に成型された、豚バラを丁寧に2枚美しく乗せて焼いてあるお好み焼き”にはならないから。それは熟達したお好み焼き店の店員だけが作れるお好み焼きなのである。
普通に作ったら、お好み焼きはまず小さくならないし、綺麗な小さめの円形には成型されないし、ましてや豚バラを美しくお好み焼き表面に配置したまま崩さずに焼き上げる事は不可能なのである…元夫はそれを知っていてわざと”行った先の家の奥さんの手作り”という風に、多分その奥さんが元夫に言った通りの口上を私に言ったのだろうかと。
元夫は発達障害。だが、元夫の勘の鋭さは私のそれを遥かに超えるレベル。元夫は勘の良さだけで世間を泳ぎ回る滝登りする鯉のような男…

偽オーナー徘徊…

気のせいでは決して無い…

あなたは独り暮らしの男性。あなたは最近、可愛い彼女ができて生活が華やかになった。あなたのアパートには時折、あなたの綺麗な彼女がやって来て楽しい時間を過ごす。また、あなたは最近、LOTOなどの少額の宝くじが当たり、少し豊かになった。あなたは最近、少しずつ幸せになってきたような気がするのだ…

そんな時、あなたのアパートで、こんな異様な事件が起こり始めるかもしれない。

あなたが休みの日に朝寝坊して午前11時頃まで惰眠を貪っている時、何処かの婆さんが作業員らしき男性を伴ってアパートの階段を登ってくる音が聞こえる。その婆さんと作業員は、アパートの階段付近に備え付けてある物置棚の扉をドタバタ煩く開け閉めして、何かを取り出しているようである。

あなたは一瞬、その婆さんはオーナーの老婦人ではないかと考える。だが、その婆さんは何故か、毎週2日ぐらいはあなたのアパートの階段あたりを作業員を連れてうろちょろして、しかも毎回、煩く音を立てていく。しかもその場所は、後で見てみると、作業している痕跡も無く、また掃除した痕跡も無く、ただ汚い床が今までどおり有るだけなのである…
あなたは不審に思うが、わざわざ婆さんと作業員が来ている時にドアから出て”あなた方は何をしているのか?”と、聞いてみる気力も無い。そんなくだらない事をしている暇があったらあなたは休みたいのだ。

アパートのオーナーが、何もやらないのに無意味に自分の物件のアパートを彷徨く可能性は低すぎるので、もちろんその婆さんと作業員はオーナーと雇われ作業員では無いのである。
その婆さんと作業員は、近所に住む婆さんとその知り合いのおっさんである。

最近、あなたの羽振りが良く、あなたがとても幸せそうな顔をして幸せな生活をしているのを見たり知ったりしたその婆さん。その婆さんは、知り合いのおっさんを連れて、あなたの睡眠妨害や余暇生活の破壊を目論んで、あなたのアパートにわざわざ頻繁に足を運んであなたに嫌がらせをしていたのだ。

しょーもない婆さん。多分、婆さんという職業は暇すぎる故に、こんな地味なコントみたいな嫌がらせを考えつくのだろう…

あなたの人生を誰かに支配させてはならない

何かに便乗しようとする人々は後を絶たない…

あなたが突然、何らかの不幸な境遇に陥り、あなたの周囲の人々もあなたを全く助けてくれない場合。そんな時、あなたがしなければならない事と、してはいけない事がある。
それは、あなたは、あくまで自分自身の落ち度だけについて反省や悔い改めをして、それを改善するように努める事。そして、あなたは決して、あなたの不幸に便乗してあなたを騙したり支配したり奴隷にしようとしたりする周囲の人々の言いなりになってはいけないという事である。

世間とは身勝手なものである。世間とは自由意志を嫌う傾向がある。世間はできればあなたを沈黙させて世間の狭い箱庭だけに順応するようにあなたを躾けたいのだ。放っておけば、あなたは世間によって完全に封殺され奴隷化されてしまう程、世間とは盲目的な支配欲の渦巻く世界なのである。

あなたが不幸に打ちひしがれて落胆し、弱々しく項垂れて、それでもなんとか生きようとする時に、あなたの周囲の人々はあなたにこう暗示するだろう。
“お前が不幸になったのは、お前が周囲の人々のご機嫌を損ねたからだ。お前は出しゃばりすぎたのだ。お前はいい気になりすぎた。お前は世間から飛び出そうとする悪い人間なのだ。お前は世間に順応できない邪悪な性質を持つ悪魔なのだ。そう、お前は悪魔の子。お前が悪魔の子だとしたら、今後は我々の言いつけをよく聞き入れて、我々の言う通りに、より良く我々の根城であるこの世間に服従する他に生きていく術は無いのだ。”

それは悪魔の囁きである。周囲の人々があなたに与える暗示にあなたが乗ってしまえば、あなたの人生はもうあなたのものでは無くなる。あなたはたちまちあらゆる人生の楽しみや希望や溌剌とした瑞々しい精神を失って、ただの干物のような人間に成り下がるだろう。

あなたの人生はあなたが支配する権利がある。あなたは自分の人生を他人に売り渡す必要は無い。
だから、あなたは自分の人生を守る為に、決して他人の言いなりにはならず、自分の良心に基づく判断を尊重し、自分を成長させたり戒めたりする為に反省や悔い改めを欠かさず、そして自分自身に対して誠実に正直に生きる必要があるのだ。

Ashish Vision

THIS SITE IS ABOUT ME, MY CREATIVITY, MY IMAGINATION AND MY FEELINGS.

Sogni e poesie di una donna qualunque

Questo è un piccolo angolo di poesie, canzoni, immagini, video che raccontano le nostre emozioni

JaZzArt en València

Faith saved us from the savages that we were, losing faith makes us savages again

Culinary delights from around the World

The blog for amateur cooks and gourmets

ASTRADIE

LIBERTE - RESPECT- FORCE

Ir de Compras Online

No tiene que Ser una Pesadilla.

3H:health,happiness,healing

Every life is special !

Talk Photo

A creative collaboration introducing the art of nature and nature's art.

Heavenly Word -Divine Devotional

Divine Gods Word- Daily Devotional

Lluís Bussé

Barcelona's Multiverse | Art | Culture | Science

Mesime ÜNALMIŞ

Her çocuk hikayelerle büyümeli

Luca nel laboratorio di Dexter

Comprendere il mondo per cambiarlo.

psychologistmimi

Food, Road Trips & Notes from the Non-Profit Underground

Hunza

Travel,Tourism, precious story "Now in hundreds of languages for you."

Japão Viaje Mais Além

Sua Aventura Sobre Rodas Começa Aqui

Édith

Sur nos espoirs et nos rêves.

My Serene Side

Finding calm in the everyday.

Momo:こころのまど

発達の課題をもつ方やそのご家族、ただ「家族」について考えたい方への、「問い語り」を通したお手伝い

shinさんの保健室

心に満月を…

PsicoConfident

Construyendo juntos tu bienestar emocional. Divulgación Psicológica. Servicios de empoderamiento.

たんきゅうにん(探求人)社畜から脱出術ブログ

『行動』と『継続』で未来を変える

よし爺

よし爺 今日も、生きちょる!

T Ibara Photo

自然に人に思いやりの心を〜

Expansão & Percepção

Seu Guia de Inspirações e Reflexões Diárias

Enoble Asuquo

Truth to Light

Above average

今の生活に支障なく1秒前よりも今がもっと幸せになれる物みんなにシェアします!

ムギュっと魅力発信

ムギュっと魅力発信へようこそ!幅広いジャンルの魅力的な情報を発信。

Gabriele Romano

Personal Blog

Home write.

The strength of a family, like the strength of an army, lies in its loyalty to each other.

Japão para Românticos

Bem Vindos a este espaço onde compartilhamos um pouco da realidade do Japão à todos aqueles que desejam visitar ou morar no Japão. Aqui neste espaço, mostramos a realidade do Japão e dos imigrantes. O nosso compromisso é com a realidade. Fique por dentro do noticiário dos principais jornais japoneses, tutoriais de Faça você mesmo no Japão e acompanhe a Série Histórias de Imigrantes no Japão. Esperamos que goste de nossos conteúdos, deixe seu like, seu comentário, compartilhe e nos ajudar você e à outras pessoas. Grande abraço, gratidão e volte sempre!

Health & Fitness

Health Blogs

The Astro Tree:- Complete Astrology Solution.

Get Advice About Love Problem Solution by The Astro Tree.

Astrological Information

Everything about astrology

WordPressでポートフォリオ 作品集のTOPはこちらから

ボツライテッィングをSEO対策してみた!!

Auto Estima no blog

Cuide-se bem, o resto vem. Autoestima 🌹 Elevada 🌹

心と人生の自由を取り戻す V.d.s.

苦しみを抜け出し、自分を変えることをサポートします