この内容は、ただの日記です。ただ、ちょっと、ヘビーな内容かもしれませんので、お疲れの方はスルーしてくださいね。
10/16土曜日。
ソウルにある独立観で日帝時代に独立運動で韓国の独立のため殉教した人のための供養する建物があります。そこで、この日、韓国と日本が合同(民間団体みたいですが)で殉教烈士を供養をされてたんですが、そこに参席しました。日本人としては、心痛い場面でした。今年で10回目だそうです。
日本からもお坊さんとか神主さんとか来てたみたいでした。
でも、こういうことを通して、心からの謝罪と言うものも必要なんだろうな~と最近感じるNamiでした。いくら、首相が政治上謝ったとか何とか言っても、もし自分のおばあちゃんが、昔だとはいえ慰安婦として、性的虐待を受けて殺されたとしたら、やっぱり嫌ですもん。
3.1独立運動では、ただ、大韓民国万歳!を丸腰で叫んだそうですが、多くの人が殺されました。日本から没収された、太極旗を密かに作り、この日いっせいに旗を掲げながら行進したのでしょう・・・。
いつもなら、絶対行かない「西大門刑務所 歴史観」がすぐ横にあるのですが、この日は慰霊斎をしたという自負心があったからか、友達とそのまま入場しました。しかし、傍から見ると芝生も敷かれのどかな風景に見えるのですが・・・。
その建物の中に入ったとたん、身がすくみました。足取りも急に小またになってしまい・・・。
たぶん、さーと回ればすぐ過ぎ去れるくらいの規模なんですが、説明員のお姉さんが説明してくれたので、なんとか、心もほぐされながら、見物して回ることができました。このお姉さん、普通なら外国人向けに案内する人なのでおそらく英語か日本語で話されるんでしょうが、私たちは韓国語ができるので、韓国語で説明してくれました。そのせいか、やはり熱くこみ上げてくるものがあるようでした。いつもよりも多く説明していると言う韓国のお姉さんは、日本をかばいながら説明できればいいのですが、かばいようがなく・・・。ただ、こういう、立場の私たちに話すのも不思議な感覚だったのではないかと思います。こういうお仕事もいろんなことを感じたり悟ったりされるんでしょうね。
印象的な言葉は、「こういう、ひどい虐待も時代的なものであったんだろうし、自分は今の時代に生まれて良かった。当時生まれていたとしても、自分ならこの柳寛順烈士のようにはできないと思う。ただ、こういうことをしたのは当時の日本だけでなく、現在にもある。たとえば、タリバ◎政権だとか、テロリストだとか、弱者である女性に対してだとか・・。こういうことは、どこの国にも起こって欲しくないことであります。」と、語られてました。
う~~~ん。
反日感情がわいてもしょうがない教育を韓国はずっとしてきたわけなんですが、その理由は、再びこのような悲惨な歴史を繰り返さないために、自国を守るために!という意味があったんだ~と改めて実感した歴史館でした。
来年、息子が学校からここにくるだろう。その前に見学できて良かった。ちゃんと、説明しておかないとね。
それにしても、現在、友好的にしてくれる韓国の人。どうしてだろうか?!と頭をひねるNamiです。日本語を習ってる人たちもそうだし、なんでだろうか。
アジアは今、自国の利益のためだけにいがみ合っていてはダメだと思います。もっと、仲良くなって欲しいな~。お互いの良い部分を尊重しあって協力できあったらどんなにいいだろうか。
そんな日が来るのだろうか・・・。
韓国と日本の血を引く息子を持った母の思いでした~^^
ちょっと、重たくなったけど、さら~っと読み流してください。























